思いがけない「クレーム」
そんなお隣さんから「クレーム」が入ったのは、いまから3カ月ほど前のことでした。
庭の一角に掃除道具を入れる物置を設置したかった優花さんは、洗濯物を干す場所をそれまでと反対側、お隣さんの庭が視界に入る場所に移しました。
「そっちも縁台とひさしがあるのでリビングからすぐ干せるし、お隣さんの家の壁に半分は面しているので、丸見えではないし問題はないと思っていました」
もちろん家の敷地から洗濯物がはみ出すようなこともなく、優花さんはそれまで通り朝のうちに干して仕事から帰った夕方に取り込む生活を続けていました。
その日は日曜日。夫と子どもたちは近所の公園に遊びに行き、家に残った優花さんがリビングの片付けをしていたとき。
チャイムが鳴ったのでインターフォンを確認するとお隣の奥さんの姿があり、玄関に走りました。
「ドアを開けると、思い詰めたような表情の奥さんが立っていて、ちょっと驚きましたね。何かあったのかなと不安になりました」
挨拶をするとそれにはすぐに返してくれた奥さんでしたが、意を決したように優花さんの目を見るとこう切り出します。
「あの、お宅の洗濯物のことで、お願いがあって。できれば干す場所を変えてもらえないでしょうか」
丁寧な言葉だけど切羽詰まった響きがあり、優花さんは突然の申し出に面食らったそうです。
「ええと、何か問題があるのでしょうか?」
お隣さんに迷惑をかけるような干し方はしていないはず、と思い出しながら優花さんが尋ねると、「○○ってアニメのシャツを持ってますよね?
息子があれを見て『僕もほしい』って言うんですね。うちはキャラものを禁止しているのですが、息子に変な影響が出るので目に入らないところに干していただけたらと思って…」と、奥さんは答えたそうです。
「…」思いもよらないところを突かれ、優花さんは絶句したといいます。
よその家庭に要求することではない
「そんなお願いをしてくることに本当にびっくりして、返す言葉がありませんでした。自分の子どものために、私に干す場所を変えろって言えるのがすごいなと…」
優花さんが記憶しているのは、嫌がらせのような悪意を持って“いちゃもん”をつけているのではなく、本当に“お願い”の体で言っていると伝わる奥さんの姿でした。
「言葉も丁寧だし、『すみません』って小さな声で続けるんですね。だから嫌な感情は起こらないのですが、それでも『ちょっと非常識では』と思ってしまって」
視線を落として肩を縮こませる奥さんを前に、少し考えたという優花さんは、「わかりました。うちは子どもには好きなものを着てほしいので、キャラものの服はたくさんあります。どうしても目につくのでしたら、Tシャツとか大きい服は奥のほうに下げるので、それでどうですか」と冷静に提案したそうです。
奥さんの気持ちはわかるけれど、「よその家に要求することではない」と思った優花さんは、干す場所を変えるのではなくなるべく隣の庭から視界に入らないようにすることしか、言えませんでした。
奥さんは怯んだように目を泳がせながら「はい。それで結構です。ありがとうございます」と答えたそうで、そのまま頭を下げて帰っていったそうです。