本当に「怒り=悪いこと」なのか?

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怒りそのものは、敵ではありません。いのちが危険を感じ、自分を守ろうとしている自然な働きでもあります。
大切なのは、怒りのまま行動することでも、怒りを消そうとすることでもなく、怒りをあるがまま観ながら、誰も傷つけない行動を選び直していくこと。
穏やかさとは、怒りが起きないことではありません。
怒りが起きても、その怒りにすべてを奪われず、自分の内側へ戻り、次の行動を選択できることだと思います。
1.相手から距離をとる
強い怒りが湧いた時は、まず相手や物から距離を取り安全を確保します。
すぐに正しい答えを出そうとせず、足の裏や呼吸、胸やお腹の感覚を感じてみます。
2.身体が求めているものに耳を傾ける
身体は今、何をしたがっているのか?
- 押し返したいのか
- 逃げたいのか
- 身を守りたいのか
- 声を出したいのか
衝動のまま誰かに向けるのではなく、安全な場所で身体の動きをゆっくり観る。
壁に両手を当て、ゆっくり押してみてもいい。
足の裏で大地を感じながら、身体に力を入れ、少しずつ緩めてもいい。
声を出せる場所なら誰にも向けずに、身体の奥にある声を外へ出してもいい。
大切なのは、激しく発散することではなく、泣いている子どものそばに静かに座っているように、内側で起きていることを見守ることです。
- そんなに怒っていたんだね
- ずっと苦しかったんだね
- 本当は分かってほしかったんだね
- もう一人にしないよ
自分の中にいる子どもに、そう語りかけるように、怒りの奥にある痛みや願いに寄り添っていきます。
「受け入れる=許す」ではないということ

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感情を受け入れることと、行為を許すことは違います。
怒りは受け入れていい。けれど、人や物を傷つける行為は、止めなければならない。
この両方を大切にする真ん中に、ヒトとして生きる答えがあります。
怒りを悪として切り捨てず、怒りの言いなりにもならず、その奥にあるいのちの願いを受け止めながら、行動を選び直していくということです。
「ご機嫌な人」って、きっとこんな人

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ご機嫌な人とは、いつも笑っていて怒らない人ではない、のだと思います。
悲しい時には悲しみ、腹が立つ時には怒りを感じ、嬉しい時には喜ぶ。
どの感情も排除することなく、自分の中に迎え入れながら、感情に飲まれた時にも、再び自分へ還ってこられる人。
その人の内側には、無理につくった穏やかさではなく、深いところから生まれる安心があります。
泣いたり、笑ったり、怒ったり、喜んだり、誰かを愛することは、いのちの自然な動きです。
自分の中に生まれるものを良い、悪いと評価判断し、裁く前に、今、何が起きているのかをあるがまま観てみる。
そこから、本当の穏やかさと、自分への信頼が育っていく。僕は、そう思っています。
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