こんにちは、椎名です。僕は身体の性が女性で心の性は定めていないセクシュアルマイノリティで、女性のパートナーと生活をともにしています。
もっと自分がこうだったら、もしもこういう風に生まれていたら。自分の置かれた環境や状況が苦しく、いっそ「自分ではないなにか」になれたらいいのにと願ったことはありますか?
今回は「自分ではないなにかになりたい」と考えている、もしくは考えたことがあるというかたにオオスメしたいコミック、『怪獣になったゲイ』(ミナモトカズキ著/KADOKAWA)をご紹介します。
『怪獣になったゲイ』ってどんな話?
主人公の安良城貴(あらしろ・たかし)は高校進学を機に南の方にあった地元から引っ越し、離れた土地で高校生活をスタートさせますが、残念なことにそのスタートは最悪のものとなってしまいます。
同じクラスの成瀬純平(なるせ・じゅんぺい)からいじめを受け、片思いをしていた男性教師・黒田が「男が男を好きになるっつーのは生理的に厳しい」「お近づきにはなりたくない」と話しているのを耳にしてしまったのです。
そう、安良城はゲイでした。彼は悲しみのなかで、自分はなぜ“大好きな人が大嫌いなゲイ”なのか、ゲイのままならいっそ死んでしまいたいと思い詰めてしまいます。
涙を流しながら自らの首を締め上げ、「死ねないならせめて、ゲイじゃない何かになりたい」と願うと、彼の頭部は怪獣になってしまいました。
なぜ頭部が怪獣になってしまったのか。もとの姿に戻ることはできるのか。その原因と解決策を巡るゲイの少年、安良城を中心とした作品が『怪獣になったゲイ』です。
誰もが抱える可能性を持つ「悩み」
タイトルの通り、作品の題材は「ゲイ」と「LGBTQ+」ですが、僕はこの作品を読んでみてLGBTQ+当事者以外にも寄り添った作品だと受け取りました。
というのも、「いまの自分ではない何かになりたい」という悩みは、LGBTQ+当事者以外でも抱えることがあるからです。
たとえば自分で自認している性別(性自認)と生まれ持った身体の性別が一致している“シスジェンダー”で、なおかつ異性愛者であったとしても、場合によっては「異性だったらよかったのに」と考えることがあるでしょう。
たとえば、日本においてまだまだ業種や職種によって性別が偏ることが珍しくない中で、就きたい職業が異性のイメージが強い。
もしくは自分が異性であれば何も言われないであろう振舞いをすることに自分らしさを感じることがあったら、トランスジェンダーでなくても悩みの渦中で異性になりたいと考えることもあるでしょう。
性別以外のことでも、生まれた環境や生まれ持った外見、病気や障がい、国籍、宗教など自分の意思で選べないものに対して思うかたもいらっしゃると思います。そんな、誰もが抱く可能性のある願いを強く抱き過ぎてしまったのが、主人公の安良城です。
安良城は周囲に恐れられる“怪獣”の姿になったことで、皮肉にもいじめられなくなります。見た目が怖く、力が強くなったのだと自覚すると気持ちも楽になり、ゲイであることも臆せず公表してしまいました。もちろん黒田へのあてつけという意味もありましたが…。
加えて、彼はいじめられなくなったぶん、怪獣になる前より学校生活が過ごしやすくなったとさえ感じていました。
彼は怪獣になったことで「誰も自分を傷つけられない」と思えたから、セクシュアリティについてもオープンに振舞うことができたのだと思います。
僕は女性の身体で生まれて心の性を定めていないLGBTQ+当事者ですが、僕が誰かにカムアウト(自分がセクシュアルマイノリティであることを打ち明けること)をしようと考えるとき、相手が僕のカムアウトを受けてどう感じてどう振舞うのかは真っ先に気になります。
快く受け入れてくれたらありがたいですが、この作品に登場する教師の黒田のように、どうしても受け入れられないという人がいるのもたしかです。
もしかしたら僕が気づかなかっただけで、カムアウトをしようとしている相手も、黒田のようにセクシャルマイノリティを受け入れられない人かもしれません。
受け入れられなかったときに、あからさまに嫌悪感を露わにされたり、後日噂として僕のセクシュアリティを広められてしまったりしないだろうか。それによっていじめられたり、心ない扱いを受けることになったら…と考えてしまいます。
なので、もし仮に受け入れられなかったとしても自分が相手や周囲よりも強いことが明白であるということは、マイノリティの立場にある自分の心を守ることにも繋がるのではないかと思うのです。