NHKにて2022年にドラマシーズン1が放送され、現在シーズン2が放送中のドラマ『作りたい女と食べたい女』。
今回は“つくたべ”の愛称で親しまれている、手料理と女性同士の恋愛を描いた本作について、原作コミックスを愛読しドラマもシーズン1から楽しんでいるセクシュアルマイノリティ当事者としてお話します。
『作りたい女と食べたい女』あらすじ
料理を趣味にしている主人公・野本さんは、少食のため「もっとたくさん作ってみたい!」という願望を満たせずにいました。そんなときに同じマンションに暮らす春日さんと出会います。
「作り過ぎてしまった手料理を食べてほしい」という野本さんの急な誘いを快く引き受ける春日さん。
彼女の口数は多くないものの、全身で「おいしい」と表現しているかのような豪快な食べっぷりに、野本さんは「作りたい」が満たされていくのを感じます。
ふたりは料理や一緒に食卓を囲むことで親交を深めていき、いつも「作りたい」という気持ちを受け止めてくれる春日さんの優しさに、次第に野本さんは惹かれていくのでした。
おいしい手料理と食卓を主軸に、多くの女性たちがこれまで抱えてきた生き難さにもフォーカス。
女性として社会で暮らすなかで共感していまうポイントが絶妙に押さえられていて、女性同士の恋愛を描いた作品を読んだことがない方にもオススメできる作品です。
「作りたい」と「食べたい」の邪魔をする「女性らしさ」
毎話登場する野本さんの手料理がおいしそうで、思わず作ってみたくなるのも見どころの本作。
「考え事をしたりもやもやすると大量の料理をつくってしまう」という癖がある野本さんにとって、料理はあくまで自分のためのもの。
しかしある日会社でのランチで手製のお弁当を食べていると、見ていた男性社員から「いいお母さんになる」「彼女には作ってもらいたい」と、まるで男性のために料理をしているかのような受け取られ方をされてしまいます。
「好きでやってること、なんでも男のために回収されるのつれ〜な〜」と、思わずもやもや。
一方春日さんはとある定食屋を訪れ、たまたま隣席の男性と同じ唐揚げ定食を注文。しかし眼前に届けられたご飯は明らかに男性よりも小盛り。
店主に問いかけると「少なめにしておきましたよ」と女性は少食だと思われ、勝手に配膳の量を減らされていたことがわかります。
春日さんはそれに「普通によそってください」と、その勝手な心遣いは不要であると無言で言い返しました。
普段社会的に女性として生きているかたの多くは、こういった周囲から勝手に想定された「女性だから」と偏った考え方の型にはめられてしまい、多かれ少なかれもやもやしたことがあるかと思います。
相手は褒めるつもりで言ったかもしれませんが、なんでもその人個人ではなく「女性であること」に関連づけられてしまうのは息苦しいものです。
作中には「作りたい」野本さん、「食べたい」春日さんの対極の存在として、「作らない」矢子さん、「(他者と)食べるのが難しい」南雲さんがふたりの友人として登場。
「食べたい」と「食べられない」、「作りたい」と「作らない」は対極でありながら、作中で彼女たちはお互いをけして否定することなく、共存する姿勢で尊重しあっています。
それはきっと、「料理上手はいいお母さんになりそう」「女性は料理するべき」「女性は少食」「よく食べる女の子の方がモテる」
よく食べても食べなくても、料理が好きでもそうでなくても「女性だから」という理由で絡めとられてしまう苦悩を彼女たちが知っているから。
たとえ自分の対極にあるものでも、それに悩んでいるのであれば寄り添い、尊重したい。
そんなシスターフッドな関係性がきちんと築かれていく様子は読んでいて癒やされるし、自分も彼女たちのように自分が当てはまらないことでも他者に寄り添える存在でありたいと思わずにはいられません。
野本さんの片思い
『作りたい女と食べたい女』はあらすじの通り、友情から関係性がスタート。野本さんのなかで親愛が恋愛に変化していく様子を、グラデーションで描いています。
同じマンションの住人として出会った春日さんのどんなところに惹かれて好きになっていくのかを丁寧に描いている点が、女性同士の恋愛を描いた作品を初めて読む、もしくはドラマで視聴するかたに本作をオススメできると感じているポイントでもあります。
しかし、連載中の原作コミックスで野本さんの春日さんへの恋心について、SNSでは「“つくたべ”を恋愛マンガにする必要は本当にあったの?」「女性同士の友情作品ではダメなの?」と、少なからずその是非が問われたことがありました。
大切な友人に対し恋愛対象として惹かれてしまい、友情では満足できなかったから、恋人関係になることを望んだだけ。
今回は想いを寄せる相手が男性ではなく女性だったわけですが、異性愛者のカップルの場合でも友情から恋をスタートさせることは珍しくありません。
コミックスや小説を映像化する際に原作にはない恋愛要素を追加されてしまう場合があり、筆者もそれに関しては好意的に受け取ることができません。
しかし野本さんの恋心はドラマ版から追加されたものではなく原作から描かれているものなので、然したる問題はないように感じています。
むしろ料理をきっかけに出会い、お互いの満たされなかったニーズが合致したことで心の距離を縮めていく様子はとても自然で心がほわっとあたたまります。
筆者は恋心を自覚したシーンを読んだ後、野本さんがほしかった言葉や受け止め方を探すように再度読み返してとても感慨深くなりました。
介護と女性の問題
原作コミックスでも触れていますが、ドラマ版シーズン2では、コミックスよりも少しだけ介護と女性の問題について掘り下げて触れています。
キーパーソンは春日さんが仕事などで訪れるスーパーの店員の女性。ドラマ版の彼女は義理の両親の介護と介護に参加しようとしない夫に悩んでいます。
介護のために職場へシフトを相談したり、同僚からは離婚を進められている場面を春日さんも目にしていました。
春日さんへのもとにも、連絡を絶っていたはずの父親から祖母の介護のために実家に戻ってくるよう要請が届き、悩みます。
ドラマシーズン2の18話では、春日さんが実際に介護を担っている彼女にそのことを相談するのですが、彼女からの返答は「帰らなくていい」。
「自分の娘になら、そう言うかな」と春日さんを自分の娘に見立てて答えた、ドラマ版オリジナルのこのシーンはできれば実際に見ていただきたい作中の心打たれるシーンのひとつです。
“母”として語られた台詞は、春日さんが自分自身と自分の人生を大切に考えるよう優しく促すもので思わず目頭が熱くなりました。
多くの家庭において女性が担ってきた介護や家事などの家族の世話についての問題。
女性は、妻は、娘は「家」のなにかでなく、大切なひとりの個人である。本作にはそんなメッセージも込められています。
さいごに
『作りたい女と食べたい女』は、コミックもドラマも心がほっとあたたまり、悩む姿に苦しくなって、ふたりのやりとりに時々キュンっとしてたまらなくなる、今シーズン筆者イチオシの作品です。
野本さんが楽しそうに料理する場面には思わずご飯を作りたくなって、春日さんの食べっぷりにはだれかと一緒にご飯を食べたくなってしまう。そんな優しい余韻に包まれています。
大切に思える人が笑顔になる、そんな料理を作れたら。一緒に笑顔になれる人と食卓を囲めたら。きっと人生はより楽しいものになるのではないでしょうか。
最新5巻では野本さんと春日さんの恋のゆくえや、セクシュアルマイノリティとして暮らす不便さやもやもやが等身大に描かれています。
これまでの「作る」と「食べる」から少し踏み込んだ「暮らし」を考える巻に。もちろんいままでふたりが大切にしてきた、料理を作って食べる楽しいシーンもありますので、ご購入がまだのかたはぜひお楽しみに。
NHKオンデマンドではドラマシーズン1から最新話まで配信中。NHK+では1週間の見逃し配信を視聴可能ですので、ぜひコミックスもドラマもお楽しみください!
書籍情報
- 作りたい女と食べたい女
- 著者:ゆざきさかおみ
- 発行:KADOKAWA
- レーベル:it COMICS
▼作品詳細・購入はこちら
https://www.kadokawa.co.jp/product/322010000636/
- image by:PR TIMES
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