「毛は剃らなくてもいいのかも?」そう感じるようになったある出来事
脱毛サロンに通って1年。毛は薄くなりましたが、想像よりも毛がなくなることはなく、あまり効果を感じることはできませんでした。ですが、ある日を境にいままで毛が生えてくることに嫌悪感を抱いていた私が「そこまで気にする必要はないのかも?」と思うようになったのです。
その出来事はフランスへ旅行したときでした。まず空港に到着すると、タンクトップやショートパンツなど、肌を露出した服装を着た女性が多くいたことに、日本とのギャップを感じました。
男女関らず、自分の好きな服装で外を歩いていて、一人一人の個性が尊重されている第一印象をもちました。
そして、次に衝撃を受けたのは脇毛を生やしている女性が多いこと。ですが、不思議なことに「ムダ毛」を生やしている女性を見て、違和感を覚えることはなく、むしろ同じような女性がいることに安心感をもちました。そのとき、自分の意思で「毛を剃る・剃らない」を選択できることに初めて気づいたのです。
フランスもまだまだ性別による押し付けは存在すると言われていますし、日本とは異なる課題を抱えているかもしれません。ですが、異国の地に訪問することで、いままで無意識に押し付けられていた「女性らしさ」について考えるきっかけとなりました。
広告の発信する女性らしさ
いままで「女性は毛を剃るべき」というような考えが無意識に定着していましたが、なぜ剃るべきなのかを考えてみると「明確な理由ないのでは?」と思うようになりました。
また、私も無意識にそういった意味のない考えが根付き「周りが剃ってるから自分も剃る」と自分の意思で自分のことを決定できず、自分自身を苦しめていたことに違和感をもつようになったのです。
この違和感を抱えながら過ごしていくなかで、いかに広告の発信するコンテンツが人々の考えや価値観を左右させるかを知りました。
たとえば、スマートフォンでYouTubeを見るときは動画の間に広告が出てきますし、メディアのサイト上には広告が埋め込まれていることもあります。
広告は私たちの目に自然と入る存在であり、私たちは毎日のようにそれらの情報を無意識に取り入れています。スマートフォン上だけでなく、電車やバス、駅構内なども広告だらけな世の中。
毛のない状態が「モテ肌」という文言を見聞きしたことがある人もいるでしょう。しかし、このような広告のコピーにより「脱毛した女性は男性からモテる」「毛のある女性は美しくない」といった根拠のない考えをを定着させることにつながるのです。