離婚の意思を告げたとき、夫は…
そして明子さんは娘が寝静まったのを見計らい、夫に対し「大事な話があります」と呼び出し、恐る恐る離婚や親権、養育費の話を切り出したのですが、夫は「おお、わかった」という感じで明子さんの要望を丸飲みしたのです。
「完全に想定外でした。あのときは『やった!』と思ったのですが…」
明子さんはただただ唖然とするしかありませんでした。離婚の話し合いはあっけなく成功したので、明子さんは拍子抜けしてしまったそう。
やはり夫は与(くみ)しやすい相手。わざわざ想定問答集を用意しなくてもよかったので、取り越し苦労に終わった形。一見すると明子さんの心配は杞憂(きゆう)に終わったように思えますが…。
翌週、明子さんは役所で離婚届を受け取り、親権や養育費を書き起こした念書を用意し、「これに書いてちょうだい!」と突きつけました。
すると、「ああ、あれは冗談だから。真に受けたの?俺にもいろいろあるから、いま離婚できるわけないでしょ?」
夫は明子さんをあざ笑うような口ぶりで悪気なく言い放ったのですが、自分だけでなく妻子の人生も左右する大事な決断をわずか1週間で翻意(ほんい)したのだから悪質でしょう。
「もう頭にきちゃいました!『猫なで声の鬼心』とはこのことですよ!!」
明子さんは声を荒げますが、どうしたら傷つかないか…危機管理意識が夫婦でまったく逆です。
明子さんは傷つかないよう事前の準備を欠かしませんでしたが、一方の翔馬さんは傷つきたくないという一心でその場しのぎの嘘をついたのです。
明子さんは翔馬さんが承諾するまで想定問答集を用いて、夫の悪口や不満、愚痴を言い続けるでしょうが、明子さんの怒りを鎮火するには丸飲みするしかない。空気を読むスペシャリストの翔馬さんは瞬時に察知したので、「承諾するつもりがないのに承諾する」という嘘をついたのでしょう。
翔馬さんは嘘をつくことで修羅場を何度乗り切ってきた成功体験が染み付いているようで、「自分を守るための嘘」なら悪気はありませんし、ピンチに陥ったら嘘をつくのは慣れっこ。
本来、嘘をつきたい衝動にかられたときに邪魔をするのはプライドだと思います。しかし、プライドより自分のほうが大事なら関係ありません。やましいところは微塵も感じられないので、「本人以外が」虚言か否かを見抜くのは難しいです。
「とにかくお前の言いなりになるのが嫌なんだ!」
31歳の夫は、まるで2歳児の嫌々期を思わせるようなダダのこね方を繰り返したのですが、理由もなく「嫌々」と言っても許されるのは2歳児だけ。
翔馬さんは許されるはずもないのですが、「なぜ離婚したくないのか」「離婚しないのなら関係を修復するのか」「いままでの言動をどのように改めるのか」など個別具体的な話は一切せず、嫌々と言い続けたので、明子さんはまるで大人の顔をした子どもを接しているようだったと言います。
理解してくれるはず…頼りにした協力者
明子さんもこれでは埒(らち)が明かないので、代わりに夫を説得してくれそうな協力者を探すことにしました。
明子さんが頼りにしたのは、義母。互いに同じ女性、妻、そして母なので自分の気持ちを理解してくれるはず。義母に電話をかけ、「一度は離婚してもいいって言ってくれたのに酷すぎませんか?」と訴えかけたのです。
「息子からそんな話は聞いていないわ。私はあなたに愛想を尽かされるような子に育てた覚えはありません!」
義母はそんなふうに一喝してきたのですが、それもそのはず。夫は離婚の二文字をひた隠しにし、都合のいいことしか伝えていなかったので寝耳に水です。
「待ち合わせにちょっと遅れたくらいで離婚するんじゃ何回離婚しても足りないわよ。私もお父さんを何度も許してきたわ。誰にも間違いはあるし、許しあうのが夫婦ってものでしょ?」
義母は明子さんではなく翔馬さんの肩を持ったのですが、義母は翔馬さん側の人間なのだから当然といえば当然。赤の他人の嫁よりお腹を痛めて産んだ息子のほうがかわいいに決まっています。
「夫婦のことは夫婦で話してちょうだい。こんなことで私を巻き込まないで!」
義母はそう言うと一方的に電話を切ってしまったのです。義母が味方ではなく、敵だということは明子さんにとって予想外でした。期待していた義母に裏切られ、明子さんは途方に暮れてしまったのです。