ジェネレーションギャップの壁
「養子、って…」
そう言ったきり、電話の先の母の声は聞こえなくなった。あきらかに戸惑っている。
「普通の養子じゃないの。特別養子縁組って言ってね、手続きをすれば実の親子になることができるんだよ」
真依子はそう伝えながらも、母の性格や年代からして、あまりいいイメージを持っていないだろうということは予想していた。母にとってきっと養子というのは「人には言えないような、特殊な事情」という印象があるのだろうと。
「血のつながりはない子を引き取るんでしょ。…ちゃんと育てていけるの?子育てって大変よ、綺麗事じゃ済まないこともたくさんあるんだから」
「…」
20代で結婚し、結婚からほどなくして真依子を身ごもった母からすれば、もちろん娘のことを心配はしていても心から理解はできないだろう。
自分の子どもを産めなかった真依子の虚しさも、それでもなお子どもを育ててみたくて、最後の可能性に賭けようとする、この切実な気持ちも。
「私はいいと思うけどねぇ、夫婦ふたりの暮らしでも。なにも、いまからよその子を育てなくても…」
母は、ぽつりとつぶやく。不妊治療を続けていた時期、ふさぎ込んでいた真依子のことを心配してくれていたのはたしかだから、あえて親心として「別に、子どもなんていなくていい」と、言ってくれているところもあるのかもしれない。
「とにかく、私たちが考えて決めたことだから、考えを変える気はないの。また、連絡する」
真依子は電話を切ると、思わずため息が漏れる。ほどなくして、冴島が帰ってきた。
「お義母さんたち、何て言ってた?」
冴島の実家は勤めている会社と近いので、仕事帰りに、まずは自分が立ち寄って話をしてくると言っていたのだった。
「ん?まあ、驚いてはいたけど。なんか、特別養子縁組のことはニュースとかで見て知ってたみたいでさ。『育てるのは自分たちなんだから、二人で決めなさい』って。真依子のお母さんは?」
「…わかりやすく反対、って感じ」
「そっか。まぁ、誰でも最初から、すんなり受け入れられることではないよね。特に、真依子はお義母さんにとって娘でしょ。お義母さんも、いろいろ思うところがあるんじゃない」
「そうかもしれないけど…」
真依子が申し込んだ民間団体の条件のひとつに「互いの両親も特別養子縁組に対して賛成していること」というものがあった。必須というわけではないが、やはりできるだけ、親族の理解が得られていることが望ましいとのことだった。
「でも、私はあきらめるつもりはないし。また、今度話してみる」
だって、実際に子どもを迎えて育てはじめたら、きっと、もっとたくさんの「壁」にぶつかるはずなのだ。おそらく、自分で産んだ子を育てるのとは全然別の、壁に。
はじまる前から、簡単にあきらめてなどいられない。真依子はそう想い、それほどに自分が強い決意を持っていることに気づき、少しだけ驚いた。