人生のどこかのタイミングで直面する「子ども」のこと。とくに女性の場合、その重みはやっぱり特別だ。多かれ少なかれ、価値観や生き方、心情に影響をもたらすものである。
「子どもを授かった人生」だからこそ生まれる葛藤やもどかしさは必ずある。しかし同時に「子どもを授からなかった人生」にも等しく存在するのだということも、決して忘れてはならない。
今回のストーリーは「25歳、結婚か転職か。「転職」を選んだ私の10年後」の、さらに続きだ。25歳のときに自分が就きたかった会社への転職を選択し、それから10年後に取引先の冴島と出会い、結ばれた真依子。平穏な結婚生活をおくる夫婦のあいだに、いよいよ「子ども」について向き合う時期がやってくる。
それから4年後、母になることができた真依子と、それが叶わなかった真依子。40代の女性としてそれぞれの立場でどんなことを考え、何に戸惑い、暮らしているのか。彼女たちが歩む2つの人生のストーリーを、のぞいてみよう。
- afterwards.1 母になった真依子「Chaotic days」
- afterwards.2 母にならなかった真依子「コーヒー&チキンライス」(このまま続きをお読みください)
結婚3年目、子どもなし。
「そうですね、このあたりは公園もスーパーも多いので、とても助かってます」
抱っこひもに赤ちゃんを入れ、年中さんくらいの男の子と手をつないだ女性が、マイクを向けられて話している。夜のニュース番組でときどきやる「子育てがしやすい街」特集だ。
真依子はさりげなくリモコンを手に取り、チャンネルを替えようか一瞬迷う。でも、一緒に見ている冴島は特に気にしている様子ではなかったので、そのままにしておいた。
真依子は最近「赤ちゃん」や「子育て」というワードに、敏感に反応してしまう。取引先だった文房具店に勤務する夫の冴島と結婚したのは、いまから3年前のことだ。
大人同士の恋愛ということで話は早く、当初から互いに結婚を意識していたので、半年ほどの交際を経て結婚というスピード婚だった。ただ、冴島は付き合ってすぐに仕事の都合で関西に赴任していたので、入籍して約1年は別居婚状態だった。別々に暮らしているし、仕事では旧姓を使っているしで、結婚したという実感はしばらく薄かった。
そして2年前から、東京へ戻ってきた冴島とともにふたりで暮らしている。真依子は勤めている文具メーカーで、主任から係長に昇進できそうだ。冴島は店舗担当から、以前から希望していた本社勤務になった。夫婦それぞれ、仕事ではある程度キャリアは積んできた。
真依子は再来月で誕生日を迎え、もうすぐ38歳が終わろうとしている。いよいよというかあっという間というか、ついこの間まで35歳だと思っていたら「40歳」が見えてきた。
できたら、もちろん産むつもりでいた。仕事を理由に先延ばしにしていたわけでもないのだが、妊娠することを最優先に生活してきたわけでもなかった。そしていまのところ、まだ授かっていない。
もしかしたら、自然にまかせる時期は過ぎているのかもしれない。まだ多少無理は効くが、日に日に体力や免疫が落ちつつある自分の身体に、真依子は焦りを感じはじめていた。
「…子どものことって、どう思ってる?」真依子はテレビを消し、思い切って、隣に座る冴島に聞いてみた。
「子ども?」
「そう、子ども」
「え…それは、ほしいけど」
「私も。なんか、意外とこういう話って、してなかったよね」
「お互いに、忙しかったもんね。でも、そろそろ考えないといけないね」
「年齢のこともあるし、できるだけ早いほうがいいと思うんだ」
「うん、そうだね」
夫婦の考えが一致していたことに、真依子は少しほっとした。
そして、4年後。42歳の真依子は…
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- afterwards.2 母にならなかった真依子「コーヒー&チキンライス」(このまま続きをお読みください)