自分の人生でやりたいこと、ほしいもの、かなえたい願望。それらをすべて手に入れている人が、この世のなかにどれだけいるだろうか。
あれもこれもいっぺんに、とはいかず、きっとほとんどの場合、なにかを選べばそのときは、ほかのなにかを手放している。それでも、たとえどんな道を選んだとしても「その選択をしたこと」でしか得られなかったもの、たどり着けなかった場所というのが、確実にある。
この物語は、3つに分岐している。主人公はすべて同じあるひとりの女性、進藤真依子だ。真依子が25歳のとき、人生に転機が訪れる。順調に交際している恋人との結婚か、働きたかった会社への転職のチャンスか、そのどちらでもない道か。
そのとき真依子が選んだ3つの道の先には、もちろん、それぞれまったく違った未来が待つ。そしてどの選択の先にも、やっぱり「ふたたびの選択」をするときが訪れる。彼女の3つの選択と「その先」を、そっと覗いてみよう。
Choice.1 結婚を選択「ピーマンと夜とわたし」
Choice.2 転職を選択「銀のボールペン」(このまま続きをお読みください)
Choice.3 結婚でも転職でもない道を選択「pleasant life」
- ※本記事はChoice.2「転職を選択」のストーリーですが、1ページ目から別の選択肢を選ぶことが可能です。
結婚か転職か
「結婚とか、できたらいいなって思ってるんだけど」
浩太がそうつぶやいたのは、自動販売機で買ったホットコーヒーを飲み終えたのとほぼ同時だった。隣を見ると、ベンチに座った浩太の俯いた口元からは白い煙が薄く立ち上っていて、冬を感じる。浩太のダウンジャケットの赤色が、夜の闇にくっきりと浮かんで見えた。このダウンジャケットは、クリスマスに真依子がプレゼントしたものだ。
こういうとき普通だったら、25歳の女の人ってどう言うんだろう。口を抑えて「えーっ、嬉しい」とか、とか「ちょっと考えさせて」とか、何かしらは言うべきなんだろうけれど。ていうか「結婚とか」って何?結婚以外に何かあるのかな。真依子は、一瞬のうちにいろいろ考えた。
「あ、ちなみに酔った勢いとかではないから」
浩太は、真依子の目を見てつけ加えた。
それはわかる。だって、浩太はお酒が強いから。さっきもイタリアンバルで生ビールを1杯、赤ワインを3杯飲んだのに、店を出るときの足取りはぴんぴんしていた。それに、浩太はわりと明るい性格のほうだが、根は真面目だ。ということは、本気なんだろう。
高杉浩太は、進藤真依子と同じ大学のサークルのふたつ上の先輩だった。大学3年生の後半ごろから、就職の相談で浩太と連絡を取り合うようになり、真依子の就職が決まるころには付き合っていた。真依子は結局、唯一受かった事務用品会社の営業として働いている。
真依子と浩太が座っている公園は繁華街のなかにあり、夜でもあまり怖くない。最近は飲みに行った帰り、ここのベンチに座って話してから帰るのが定番になっていた。
「よかったら、考えといて」
浩太はそういうと、立ち上がった。
どうしよう。浩太とは3年以上の付き合いになるとはいえ、真依子はまだ25歳。いまどきだと、結婚する年齢にしてはやや若いほうだ。こういうのって、みんなふたつ返事で決めるものなのかな。でも結婚したら、浩太と一生一緒にいるってことになるのか。一生…? そんな大事なこと、すぐに決めてしまっていいのかな。
真依子はひとり暮らしの自宅に戻り、パソコンを開いた。何通も届いているダイレクトメールを削除していると、一件のメールが届いていることに気づいた。件名に「最終面接のお知らせ」と書いてある。
「え、嘘でしょ…」
真依子が文房具メーカーの中途採用に応募したのは、3週間ほど前だった。大学生のときの就職活動では全滅だったのだが、いざ就職してからもやっぱりあきらめがつかず、先日求人を見つけて、ダメもとで応募していたのだ。まだ20代前半だし、チャンスが残っているかもしれないと。
これまで2回面接を受け、手ごたえはぜんぜんなかったのに、通過した。もちろんまだ受かるとは限らないが、あの会社に入社できる可能性は、かなり近くまで来ている。
結婚か、転職か。これって、けっこう人生の大きな選択なんじゃない?真依子は、すっかり酔いが醒めた頭で、そう思った。
真依子の選択は…
Choice.2 転職を選択「銀のボールペン」(このままお読みください)
Choice.3 結婚でも転職でもない道を選択「pleasant life」