取引先のカレ
次の日、真依子は百貨店内にある文房具店にいた。以前は30店舗以上を担当していたが、主任になってから、担当店舗は主要店の10店舗ほどになっている。毎日営業回りをするわけではないが、定期的に店には顔を出している。
いま真依子の会社が力を入れているのが、色付きのカラーペンだ。秋をイメージした5色展開で、落ち葉や栗などがワンポイントでデザインされている。うっすらラメが入っているが子どもっぽすぎないので、学生から働く女性まで幅広い層をターゲットにしている。店舗にはパネルと什器付きで、2週間前から置いてもらっているのだった。
「新商品、なかなか好調ですよ」
売り場を見ていた真依子が振り向くと、店長の冴島が立っていた。エプロンの胸ポケットには、真依子の会社が出している、銀色のボールペンを刺している。光沢があるシンプルなデザインの、人気商品だ。
2年前の初対面のときはすこし気難しそうな印象を受けたが、ただ人見知りなだけだったと後から知った。年齢も2歳しか違わないこともあり、話しやすい。どんなに忙しくても真依子の話を丁寧に聞いてくれるところも好感を持っていたし、店に行くと、なんだかんだ雑談で盛り上がることもあった。
「え、これよくない?」
通りかかった制服姿の女子高生2人組のうち、ひとりが、真依子の会社のカラーペンを手に取った。
「『甘栗ブラウン』と『落ち葉レッド』だって。かわいい〜、両方買っちゃおうかな。でも、350円かぁ。今月いろいろ買っちゃってるから、2本買ったら予算オーバーだ」
「じゃ、色違いで買おうよ」
女子高生は、連れ立ってレジに持っていった。
「ね」
冴島は嬉しそうな顔で真依子のほうを見た。
「ありがとうございます。大きく展開していただいているので、順調で安心しました」
「いいですね、若いって。可能性のかたまりみたいな感じで」
真依子は、はしゃぐ女子高生たちの後ろ姿を見ながら言った。
「確かに。僕もあのころは、自分にはなんでもできる、って思ってました」
「冴島さんって、どうしてここで働くことになったんですか?」
「ああ、もともとは大学に行ってたんですけど、親の会社が倒産しちゃって学費が払えなくなって、そのまま中退したんです。なんかやる気なくしちゃってフラフラしてたんですけど、そろそろ働かなきゃなと思って、この店にバイトから入りました」
「そうだったんですね。すみません、プライベートなことをお聞きして」
「いえいえ。たまたま入ったものの、働いてみたら意外とおもしろくて。気づいたら店長になってました。大学を卒業してたらいまごろどうしてたのかなって思うこともありますけど、いま充実しているので、結果的にはよかったのかなと」
冴島は、微笑みながら言う。
人生というのはほんとうにいろいろだ、と思う。真依子が転職面接に受かっていなかったら、冴島が大学を辞めずに卒業していたら、そのどちらかが欠けていたら、こうやって出会うことも絶対になかったのだ。そう思うと、不思議に感じる。
「じゃあ、そろそろ失礼します」
真依子は言った。
「あ、あの」
「はい」
「このあとって、会社に戻られるんですか?」
「いえ、お昼を食べてから、別のお店に行く予定です」
「僕もちょうど休憩に入るんですが、よければ、ご一緒しませんか」