「子どもがいること」が前提?
「大変ですよね、お子さんがいて、お仕事もされてると」うつぶせに寝そべった真依子の背中越しに、鈴木さんの声が振ってくる。
「そうですね、本当、毎日あっという間に過ぎていきますね」
真依子は、調子を合わせる。マッサージ中というのは、自分の表情が相手に見えないので助かった。
真依子と冴島が住む賃貸マンションのある駅のビル内にオープンしたこのマッサージ店に、真依子は4カ月ほど前から通っている。数人いるマッサージ師のひとり、担当の鈴木さんはおそらく20代で、若いが腕がいい。前日でも予約を取ることができ、夜遅くまでやっているところも気にいっている。
その後も時折雑談をしていたが、真依子はいつものごとく途中からうとうとしはじめ、いつの間にか眠ってしまった。終わりを告げるタイマー音とともに、真依子は目覚めた。
「きょうは、旦那さんがお子さんのお迎えですか?」
上体を起こした真依子に、荷物と上着を手渡しながら鈴木さんが尋ねた。
「ええ、まあ」
真依子は、あいまいに微笑む。
「そうなんですね。あー、私も早く結婚して子育てしたいです」
鈴木さんは、明るく言う。
ここでは、真依子は保育園に通う年齢の子どもがいることになっている。初対面のとき、おそらく真依子の左薬指の結婚指輪と42歳という年齢、真依子がなんとなく話した「最近忙しくて、疲れてて」というふたつのヒントから、なんの悪気もなく「子どもがいる働くママ」だと連想したのだろう。
初回のときに「子どもはいない」と伝えておけばよかったのだろうが、月に一度施術を受けるというだけの関係だし、話すとしても世間話程度なので、もうそのままでいいかな、と思っている。
会計を済ませ、真依子は駅ビルのエレベーターに乗り込んだ。エレベーターの鏡に、自分の姿が映る。メイクが少し落ち、最近気になる目の下のくぼみがが目立つ。
美容にそこまでお金をかけているわけではないが、基礎化粧品はそれなりのものを使っているし、仕事の合間を縫って週に1〜2度はジムにも通っているし、見た目もそこそこ保っているほうだと思う。
でも、30代のころと比べるとやっぱり加齢を隠しきれていない気がして、少しだけ気分が落ちる。
エレベーターを降りて改札口の近くに立ち、仕事帰りの冴島を待つ。金曜日のきょう、在宅勤務の日だった真依子は、仕事を定時に終えた。最近はしばらく残業が続いていたが、ようやくひと段落ついた。出張の予定も、来月までない。
それから5分もしないうちに、改札の向こうから冴島の姿が近づいてきた。冴島は真依子に気づくと、右手を上に挙げてゆらゆらと振った。冴島は真依子の2歳下の40歳だが、少なくとも真依子よりは若く見えると思う。結婚してもうすぐ7年になるが、交際していた当時と、そこまで背格好は変わっていない。
もし子どもがいたら冴島も、なんというか、もう少し「お父さんっぽい感じ」に変貌していたのだろうか。いや、冴島はきっとあんまり変わらなかったんだろうな、子どもがいたとしても。なんとなく、そう思う。