子どもがいない=ラブラブ?
「最近はどう?下の子は元気?」
この日、オンラインでミーティングをしていた真依子は、ミーティングが終わったあと雑談の途中で、部下の富樫祐奈にたずねた。いまから7年前、グループ会社の丸山大紀と結婚した翌々年に第1子を、そして昨年に第2子を出産した祐奈は、今年の春から2度目の仕事復帰をしている。
「まだ1歳なので、なんだかんだ手がかかって、バタバタしてます。きのうも、夜中の3時に急に泣き出してなかなか寝てくれなくて。私と夫で、交代で1時間くらい抱っこしてようやく寝てくれたんですけど、また5時過ぎに起きて…。もう、勘弁してー!って感じです」
かわいいけど手がかかる、か。だいたい、小さい子どもがいる人はそう言う。子育てをしたことがない自分にはわからないけれど、たぶん、本当のことなんだろう。
「そっかぁ。家事とか子育ては、分担できてるの?」
「そうですね、なんとか…。ただ、夫婦げんかは本当に増えましたし、ふだんの会話の内容も子どものことばっかりで。むしろ、子どもが産まれるまでって、この人とどんな会話してたんだろう?って、ふと思うことがあります」
「なるほどね」
「進藤課長は、お家でどんな会話されてるんですか?旦那さんと」
「ん?別に大したことは話してないよ。仕事のこととかテレビ番組の感想とか、共通の友だちの話とか。あとはふたりとも本が好きだから、そのこととかかな」
「えー、いいなぁ。ご夫婦で、お出かけとかしますか?」
「そうだね、近所に飲みに行ったり、週末に近場へ旅行に行くとか、その程度だけどね」
「わー、ラブラブですね。うらやましいです」
気をつかってくれているのだろうか、それとも本音なのだろうか、それともあまり深く考えずに発言しているのか。おそらくそのどれにも当てはまるのかもしれないが、仕事の合間のただの上司と部下の会話に過ぎないのだから、深く考えるのはやめた。
祐奈とのオンライン通話を切った後、真依子はぼんやりと考える。「子どもがいない夫婦=仲がいい、ラブラブ」という図式はよく使われるが、真依子にはそれがいまひとつピンとこない。一般的に、さっき祐奈が話していたように、子どもが産まれると夫婦は何かと揉めるとか、夫婦が関係性は変わると聞くが、経験したことがないのでわからないのだ。
ただ、子どもがいなくて夫婦仲が悪くなってしまうと、なんというか「もたなくなる」のかもしれないとは思う。だって、一緒に過ごすのは、その人ひとりだけしかいないのだから。「子ども」という、お互いをつなぐ存在がいない限り、相手に嫌悪感を持ってしまうと、どうしても一緒に暮らし続けるのはきつくなってしまうのだろうな、と、真依子は思った。