「親になる」その日まで
「もし縁があったら、どんな子がやってきてくれるかな」
ベーコン入りのポテトサラダを食べていた冴島が、つぶやいた。
特別養子縁組では、子どもを選ぶことはできない。性別はもちろん、持病を持っている可能性だってある。もちろん健康であるに越したことはないけれど、真依子も冴島も、子どもへのこだわりはほとんどなかった。
「…どんな子であっても責任を持って育てていくっていうのは、血がつながっている子を育てる親も、同じだよね。きっと」
「うん、そう思う」真依子はうなずく。
むしろそれよりも不安なのが、特別養子縁組が成立しない可能性もある、ということだ。
特別養子縁組を成立させるためには、家庭裁判所への申し立てをして、手続きをしていくことになる。だが、生みの親の意思が変われば、審判の結果、特別養子縁組の申し立てが却下されてしまうケースもあるのだという。
つまり、一度自分たちのところへ来て、実の子として育てようとした赤ちゃんと、引き離されてしまう可能性もゼロではないのだ。
いろんな事情はあるにせよ、自分で産み落とした子どもを手放すことは、本当は育てたかったという女性にとっては、自分の身体を引きちぎられるようにつらいことなのではないかとも思う。そして、産んでから考えが変わることだってありえる。
子どもを手放さざるを得ない人がいるからこそ、自分たちのような夫婦が子どもを育てる機会に恵まれることも、また事実だ。自分たちも生みの親の女性も同じ人間だからこそ、複雑な想いもある。
「でも正直、それは考えたくないな。こんなに心待ちにして、せっかくやってきた赤ちゃんと引き離されるなんて」
「うん。慣れない子育てを必死にやって愛情も湧いてきていたときに、ある日突然『やっぱりこの話はなしで』は、きついよね」
昼夜を問わずつきっきりで育てたとしても、その期間が赤ちゃんの時期の数カ月程度であれば、自分たちのことなど絶対に覚えていないだろう。そして、その子がそれからどうなるのか…実の親と暮らすのか、施設に入るのかという行く末さえわからない。
それだけは避けたいけれど、あらゆる可能性は想定しておいたほうがいい。当然、連絡が来なくて、結局夫婦ふたりの生活のままだった、という可能性だってあり得る。
「とにかく、いまは前向きに待つのみ、だね。もう一杯飲む?」真依子は立ち上がった。
「うん」
特別養子縁組について動き始めてから、冴島とより本音で話せるようになったし、会話が増えた気がする。仲が悪いほうではなかったけれど、子どものことをあきらめてからしばらくは、どこか心の距離を感じていた。
「あしたさ、買い物ついでにベビーグッズでも見てみる?」冴島が言う。
「ちょっと気が早くない?いつになるかもわからないのに」
「一応、いまはどんなのがあるのかなと思ってさ」
「ああ、でも、見ておくのはいいかもね。勉強のために」
子どもがいる生活が、この先の人生に待っているかもしれない。その事実は、真依子たちふたりのこの静かな日々にほのかに宿る光になっていることは、間違いないのだった。
2杯目のビールをグラスに注ぎ合い、ふたりは、2度目の乾杯をした。
真依子がほかの人生を歩んでいたら…
afterwards.1 母になった真依子「Chaotic days」
afterwards.2 母にならなかった真依子「コーヒー&チキンライス」
Choice.1 結婚を選択「ピーマンと夜とわたし」
Choice.2 転職を選択「銀のボールペン」
Choice.3 結婚でも転職でもない道を選択「pleasant life」
- ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
- 参考:『産まなくても、育てられます 不妊治療を超えて、特別養子縁組へ (健康ライブラリー)』(後藤絵里著・講談社)
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