いつになるか、誰にもわからない
リモートワークで資料作成をしていた夕方、真依子のスマートフォンが鳴った。パッと手に取ると、銀行からの投資勧誘の電話だった。手短に断って通話を切ると、真依子はがっかりした。
育て親としての待機登録から半年が経った。いまだに、民間団体からの電話は来ない。
待機登録をしてから実際に子どもを引き取るまでの期間は一定ではなく、本当にバラバラなのだそうだ。すぐに連絡が来ることも、何年か待つことも、めずらしくないらしい。そんなにすぐに来るわけないかと思いながらも、日々、どこかでそわそわしている自分がいる。
「登録したからって、すぐに赤ちゃんがやってくるわけじゃじゃないんだな」
真依子は、思わずつぶやいた。もちろんわかっていはいたけれど、でも、いまかいまかと待ち続けている自分がいる。
いつもスマートフォンの充電が切れないように注意しているし、着信音が鳴るとドキッとして、なんとなく画面を見ずに電話に出る癖がついてしまった。そして、民間団体からの連絡からではないことに少しだけ落胆し、同時に、なぜか少し安心する。その繰り返しだった。
もちろん、真依子も冴島も、子どもを迎えることを心待ちにしている気持ちには変わりない。ただ、民間団体から電話が来るのは子どもが産まれて間もないタイミングがほとんどで、そこからほぼ間をあけずに赤ちゃんを引き取りに行くことになっている。
自分で産んで育てる場合には、妊娠期間を経て心や環境の準備をしていくのだろうけれど、民間団体を通じた特別養子縁組の場合は「ある日突然、親になる」。その日は、いつやって来るのかわからないのだ。
もし電話を取りそこねて、ほかの候補の夫婦に決まってしまったらと思うと、気が気ではない。でも電話を受けたらいまの生活は終わって、すぐに「休みなしの子育て」が始まる。
「もう、あれから半年だね」
海老の唐揚げを箸でつまみながら、真依子は冴島に言った。週末は、少し早い時間から夕食を始めるのが習慣になっている。食べたいものを買ってきて、少しお酒も準備して、途中からは見たい動画や映画を見て、なんてことのないことを語り合うのだ。
「なんか、あっという間だね」
「いつになるんだろう。もしかしたら来月かもしれないし、来年かもしれないし、もっと先かも」
「でも、意外と来週いきなり、とかね」
「なんかさ、心の保ち方が難しいよね。不妊治療をしてたときの気持ちとも、また違うし」
「うん、たしかに、なんか落ち着かないよね」
真依子はどちらかというとせっかちな性分で、待つことはそこまで得意ではない。でも、待っている間は、少なくとも子どもを迎えられる可能性がゼロでないということで、それは幸せなことだとも感じていた。