夫の“狙い”が見えたありえない要求
調停は、基本的には夫と妻の双方の歩み寄りでもって話が進み、離婚か復縁(円満)かが決まりますが、婚姻費用や養育費に関して折り合いがつかない場合は裁判官が判断を下すことがあります。
金額の決定は双方の収入や資産などの状態が考慮されますが、算定表をもとに計算されることが多く、Bさんのときも夫の要求を考えたうえで算定表に近い数字が提案されました。
Bさんは胸をなでおろしますが、夫のほうは納得がいかなかったのか、次に求めてきたのは娘との面会交流に関わる費用についてでした。
「婚姻費用や養育費を払うのだから、面会交流にかかる金を妻が払え」「妻の都合で俺に娘の世話をさせるなら、一日3千円の費用を払え」
「払わないときは婚姻費用や養育費から引くこと」と、面会交流に一方的な条件を出したのです。
自分の子どもと会うのに非常識なお金の要求をしてくる夫に、Bさんは「やはりこんな人間なのだと心底がっかりした」と言います。
財産分与ではお互いに通帳などを開示するので揉めることができない状態、貯金は自分が管理していたうえにBさんの収入は毎月明細を出させて家計簿も欠かさずチェックしていたので隠し財産の追求もできず、夫が抵抗できる“手段”といえば婚姻費用と養育費しかありません。
「少しでも私の手に入るお金を減らすこと。これがあの人の狙いだったのよ」
調停は「ふたりが妥協すること」が前提で進むものだからこそ、離婚したければ自分の無茶な要求でも飲むしかないだろう。こんな思惑で減額を求め、それが通らないとわかると今度は面会交流で妻を“支払う側”にする。
夫はお金に執着しているのかと思っていたBさんでしたが、本当の目論見は自分を苦しめることなのだと気がつきました。
“非常識な要求”に翻弄されるのはどちらなのか
「私をコケにしたい、馬鹿にしたいのはまだいいのよ、想像できるから。でもね、自分の血がつながった娘よ?娘との時間にまでそんな汚いエゴを持ち込むなんて、親としても本当に許せないと思ったわ」そう話すBさんの声は震えていました。
面会交流は月に二回、夫の仕事がない週末にと特に問題もなく決まっていたことでしたが、ここにきて“悔し紛れのように”条件を突きつける夫に対し、Bさんは「本物の嫌悪感を覚えたし、娘を会わせることそのものが嫌になった」と打ち明けます。
面会交流は親の都合で行うものではなく、子どものため、子どもがもうひとりの親と楽しく過ごすための時間です。
同居しているころは、おもちゃを買ってきたり公園に連れていったり、自分は別として親子としては愛着のある姿を夫は見せていただけに、「娘への愛情だけは本物だと思っていた」Bさんには大きなショックでした。
Bさんは夫の申し出を聞いて落ち込みましたが、調停委員が続けて口にしたのは、「自分の子どもの面倒をみるのに、妻にお金を要求するのはおかしいでしょうと伝えています」という言葉。
強い口調でそう話す調停委員は、顔を上げたBさんに「食費がかかるからとか言っていましたが、自分の子どもにお金を出すのは親として当たり前です」ときっぱり告げたそうです。
その言葉を聞いて、Bさんは「胸がスッとしたの。調停委員の人が私に伝えるより先に夫にそう言っていた、というのが一番うれしかった」と、“常識”を改めて考えました。
「離婚したければ俺の言うことを聞け」と言わんばかりの夫の、離婚届を見せたときのひきつった顔が頭に浮かび、同時に調停委員が向けてくれた真っ直ぐな視線が、Bさんの心を救いました。