「もう歳だから、この服はやめよう」「もう若くないんだから」「私がもっと若かったら」
そんなふうに、年齢でなにかを諦めてしまったことはありませんか?
ファッションやメイク、趣味、もしくは恋や学ぶこと。年齢を理由に“弁える”なんて、まるでその望みが悪いことかのように手を伸ばすことをやめなければならない、そんな世間の風潮を感じたことがあるかたはきっと少なくはないはず。
今回は、そんな世の中の風に静かに抗った女性を描いたコミックス『はなものがたり』をご紹介します。
『はなものがたり』のあらすじ
主人公は長年連れ添った夫を最近なくしてしまった「はな代」というおばあちゃん。
孫の莉子ちゃんから「もっと楽しいことをしてもいいと思う」なんて言われても、ピンときません。
ひとりの外出の際、おしゃれやメイクをしようとすると「そんなんして誰が見んねん、みっともない」「遊びに行くねやええのう、お前幸せ者やなぁ」と生前の夫の悪気ない、しかし心ない言葉が聞こえてくるような感覚になってしまっていました。
自分のことを楽しむことから、だいぶ遠ざかっていたのです。
生前の夫の言葉のせいか、彼が亡くなったあともひとりでの暮らしがあまり楽しめなかったはな代が出会ったのは、化粧品店を営む芳子。芳子は夫の言葉で、はな代の心にかかったもやを蹴散らしてしまいます。
美容をきっかけに出会った芳子とはな代の、歳を重ねたふたりの心のふれあいとロマンスを描いたコミックス。schwinn作、出版KADOKAWAの全3巻です。
当初作者の手によりX(旧Twitter)で公開された、はな代と芳子の出会いのエピソードが話題を呼んだ作品です。
着飾ることはみっともないこと?
「そんなんして誰が見んねん、みっともない」
はな代は生前の夫から、メイクや服装の“おしゃれ”をすることに「みっともない」と言われたことを思い出し、手にした口紅を鏡台に戻します。
はな代は長年連れ添った夫を亡くして以来、家に篭りがちでした。
認知症の予防にいいとされる生きがいになるような習い事をはじめたり、コミュニケーションをとるために新たにコミュニティに入ろうかと考えるものの、新しい環境や出会いには見た目が気になってしまうもの。
一部には、パートナーを「いじる」ことを愛情表現としているかたがいますが、はな代の夫もおそらくそうだったのでしょう。
かつて夫が無邪気に放ってきた言葉の数々は、何度もはな代から美容やファッションの楽しさを遠ざけました。
身勝手に相手を蔑む愛情表現を重ねたことで、彼女は自分が着飾ることを「みっともない」ことだと思うようになってしまっていたのです。
ノーメイクで好きでもない服を着て外出しているとき、化粧品店の店先に立つ女性・芳子が偶然目に留まりました。
歳は自分とそう変わらないように見えるけれど、姿勢や服装、遠めに見ても美容にも気を使っていることが伺える芳子の立ち姿に思わず見とれてしまったことから、はな代の人生に変化が訪れます。
芳子は見た目の美しさだけでなく、接客での人当たりも素敵。並ぶと見劣りしてしまう自分を謙遜して、「みっともない」と生前の夫に言われた言葉を口にしてしまうと、なんと芳子は「なんやねんそいつ、けったくそ悪いのぉ」という一言で一蹴。
しかもそれまでの接客での笑顔とはかなりギャップのある、眉間に思い切り皺を寄せたかなりㇺッとした表情で。
着飾ることはみっともないことなのでしょうか。好きな服を選んでおしゃれをすることも、好きなメイクをすることも、どうして自分以外から「みっともない」なんて言われないといけないのでしょうか。
「みっともない」と俯いた彼女の顔を上げさせた芳子の痛快なひとことと、夫に怒ることができなかった彼女の代わりに怒るような素振りが、このエピソードが描かれたX(旧Twitter)で話題になった一因だと思います。それだけ、多くの人に芳子の一言が響いたのだと。