一緒に過ごす時間が長く、日々顔を合わせる機会が断トツに多いのが会社の人。
コミュニケーションが繰り返されるため社内恋愛に発展する男女は後を絶ちませんが、「距離が近い」ことは仲がこじれたときに大きな問題になる可能性もあります。
仕事をする場なら、プライベートなことは持ち込まずにしっかりとやるべきことをこなすのが当たり前ですが、それができない人もいるのはたしか。
今回は、慶子さん(仮名/31歳)が実際に巻き込まれたトラブルについて、お話しします。
恋愛相談がきっかけで…
慶子さんは、新卒で入社した会社でいまも頑張っており、「いろいろな部署を経験したことで、広い視野を持てるようになった」と話します。
数年ごとにある配置転換は、新しく知り合う人たちと一から信頼関係を築いていくコミュニケーションが必須で、男女関係なくその人の話に耳を傾けることを日々意識しているそうです。
そんな努力の甲斐があって、いまの営業部では後輩の教育を上司から頼まれるほど慶子さんの評判は上々でした。
別の部署から配置されてきたその年下の男性について、「最初は素直できちんとこちらの話を聞く姿勢がありました」と、慶子さんは記憶しています。
「いつものように業務の段取りから報告の手順などを順番に伝えていくのですが、メモを取るんですね。真面目だし未経験の業務でもやる気があるし、『これは伸びるな』と手をかけすぎたのがいけなかったと思います」
ため息をつきながら疲れた表情で振り返るのは、その年下男性に恋愛対象としての好意を持たれてしまったからでした。
「はじめめの3カ月くらいは付きっきりで様子を見るのですが、そのAくんは私が伝えたことをきちんと守ってくれていました。業務はスムーズに進み、仕事以外の話もするようになって、あるとき『彼女から振られそうで』って相談を受けたんですね。会社の人に話す内容かとびっくりしたのですが、真剣に悩んでいるようだし、業務以外の話も聞くべきとそのときは判断しました」
そうやって親身になった結果、「あなたのことを好きになった」と遠回しに伝えられるようになったそうです。
年下男性の「変わり身」のひどさ
「『彼女とは別れました。すっきりしました』と言われたときは、『残念だけど前を向いていこうね』って、ありきたりな励ましを送った記憶があります。でも、それから私に対するプライベートな質問が増えて、彼氏の有無とか住んでいる部屋のことや休日の過ごし方など、どんどん踏み込んでくるんですね。ちょっとまずいかもと距離を取ろうとしたら、『好きな人に冷たくされたらつらい』ってLINEが飛んできて、これはもうアウトだなと思いました」
慶子さんは「仕事が好きだからこそ集中するために社内恋愛はしない」と決めており、これまでも社員の男性から告白されることはありましたが、全部お断りしてきたそうです。
特にAくんは新卒で入社し、20代後半のいまは未経験な仕事のほうが多く、「社会人なら恋愛より業務を優先するのが当然」と考える慶子さんは、
「ごめんなさい。社内恋愛はしないと決めているから」とそのとき丁寧に文章を作って返信したそうです。
「毎日顔を見るし、距離を取ろうにも私が教育係ならそうはいかず、しばらくは気まずい日々が続きました。でも、仕事熱心で真面目なAくんなら、理解してくれると思ったんですよね…」
慶子さんのそんな目論見が外れたのは、Aくんが教えたことを守らずルールを平気で逸脱するようになったから。
帰社の時間を教えなかったり慶子さんを飛び越えて上司にいきなり報告に走ったり、それまで普通にやっていたことを「あからさまにやめた」姿に、慶子さんは落胆を超えて怒りを覚えたと言います。
「一番困ったのが、まず私に言うべきことを黙って上司に報告することで、上司から『Aくんからいきなりこう言われたけど、どうなっているんだ』ってまた確認されるのがストレスでした。上司も、それまで順調に業務をこなしていたAくんがいきなりそうなって、不審に思っていたはずです」
彼の不始末はどうしても慶子さんにも責任が及び、慶子さんはLINEで何度も「いままで教えたルールを守ってほしい」「社会人なら常識のある行動をしてほしい」とお願いしたそうです。
それらすべてに既読はつくものの、Aくんからの返信はありませんでした。
どんどん悪くなる現実に…
同じ部署で働くのにどうしてこんな極端なことができるのか、どう考えても自分への嫌がらせと感じられるAくんの振る舞いは、子どもじみた幼稚さがあったと言います。
「まず、朝は挨拶をしないし会話は最低限で、目も合わせないんですね。それをわざわざやっているというか、私の目の前でほかの女性と親しげに話しながらちらっとこっちの様子をうかがうのがもう、気持ち悪いなと思いました」
業務でのルールを守らなければAくんは周囲に迷惑をかけ当然叱責を受けるわけで、それはどうなのか聞くと、「私のせいにするんです、『聞いていないです』『教わっていないです』って。それで私に確認がきて、たしかに伝えたと説明しても埒が明かないですよね、そこにこだわっても意味がないというか。結局私が謝罪する羽目になって、Aくんがわざとらしく肩を縮めている姿を見たら本当に腹が立ちました」と振り返ります。
それまでできていたことをどうしてやらなくなったのか聞かれた彼が、「慶子さんから工夫して進めようねと言われているのでこうしました」「クレームは慶子さんに言ってください」と平然と返す姿も、慶子さんは確認していました。
部署内で少しずつ孤立していく彼と、「ふたりの間に何かあったのでは」と陰でささやかれ始めたのを知って、慶子さんは上司に相談をすることを決めます。
「教育係を任されながらこんな展開になるなんて、私自身の評価も下がることは確実でした。上司は昔からのやり方にこだわる人で、告白を断ったらこうなったなんて言っても、女の私に責任があると返されることも考えましたね」
ところが、勇気を出して経緯を報告した慶子さんに向かって、その上司が言ったのは「それは逆パワハラじゃないのか」というまったく予想外の言葉でした。
社内恋愛でも「逆パワハラ」は起こる
「いわば上司である私が説明してきたことを無視して勝手な行動に走り、『聞いていない』と嘘をついて周囲の同情を買うようなAくんの振る舞いは、上司に対する部下からのハラスメントだと、上司ははっきり言いました」と、そのときの上司の様子を思い出していました。
救いだったのは、慶子さんはAくんへの指導について日付を入れてメモを残しており、教えている様子は上司自身が目にしていたこと、そしてAくんに「教えた通りのことを守ってほしい」とお願いをしているLINEのメッセージも、主張を正しく裏付ける証拠になったことです。
「うちの会社が、数年前から社内コンプライアンスに力を入れているのは知っているだろう。男性社員が女性の上司を逆パワハラで苦しめるなんていうのは、許しがたい事態だ」と上司は厳しい声で言ったそうで、次の日には部署のメンバーにAくんについてのヒアリングが行われ、慶子さんが告白を断ってから言動に矛盾が出はじめたことや反抗的な態度を見せるようになったことの確認が取れたそうです。
慶子さんやメンバーの証言を元にこの件は総務のコンプライアンス担当に届き、Aくんが呼び出された話はあっという間に部署内で広がりました。
「自分のしていることは立派なハラスメントなのだと会社から言われてどう思ったのかはわかりませんが、呼び出しを受けた次の日から2日ほどAくんは有給を取りました。このまま辞めてしまうかもと不安でしたが、また出社するようになって今度は私の教えた通りにやっていて、かなりこたえたのだろうなと思います」
会社に来たAくんは憔悴を隠せない顔で、それでもこの会社での勤務を続ける選択をしたことは、慶子さんにとっては「後味の悪い終わりにならなくてよかったです」と、やっと息をつける状態になりました。
社内恋愛はよくあることで、片方が一方的に思いを歪めてしまえばこんなハラスメントも起こります。
振られた腹いせで済まないのは会社だからで、仕事にプライベートな問題を持ち込むのは社会人としてどうなのか、影響を考えるべきであることは間違いありません。
「言いたくないですが、こんな性格だから彼女にも振られたんじゃないのって…」
声を落として慶子さんはそうつぶやきますが、恋愛はどこまでも個人のことであり、会社を巻き込めば自分が大きなダメージを受ける現実を忘れてはいけません。
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