ある日、帰宅すると知らない女の子から結婚式の招待状が届いていた。恐る恐る参加してみると、彼女は一方的に私を知っていて…。
謎の手紙から始まるスカッとショートストーリーをお届けします。
- 登場人物
- 美佳:この物語の主人公
- 堺 梨花:美佳に結婚式の招待状を送ってきた謎の女
- 歩美:美佳の高校時代の同級生
知らない招待状
「美佳~!あなた宛てに随分立派な封筒が届いてるけど、どなた?結婚式の招待状っぽいのよ」
金曜日。仕事が終わって家に帰ると、カレーの匂いが広がっていた。
彼氏と入籍するまであと3カ月。そのときにはこの家を出ていく。だから、実家の味をとことん楽しもう。
そう思い、最近はあまり寄り道をせずに早く帰宅していた。
たまたま残業で遅くなったその日、一足先に食事を終えた家族とおしゃべりしながら自分の分のカレーを持ってダイニングにつくと、母親が白い封筒を持って向かい側に座った。
「招待状?誰だろ、誰も結婚するって報告ないけど…」
送り主の名前を見ると、「堺 梨花」と書かれている。彼女の名前に心当たりはない。
「これ間違いじゃない?こんな友達いないよ」
「結婚して苗字変わったんでしょ、梨花ちゃんって子、いないの?」
「…いや、いないなぁ」
「でも、宛名も住所も正確なのよ?」
「うーん…」
カレーを食べながら封筒を開くと、なかにはやはり結婚式の招待状が入っている。
「来月の日曜日…え~?本当に誰だろう。わかんないな…」
「新郎の名前にも心当たりないの?」
「ない。知らないから放っておくわ…」
「楽しそうじゃん、行ってみれば?」
そう言って私の手から封筒を取り上げたのは、1つ年上の兄・航大だ。
「お兄ちゃん、また勝手なこと言って…詐欺とかだったらどうすんの?」
「この式場、人気のチャペルじゃん。そこで詐欺とかないと思うし、俺送迎するからさ。なんかあったら助けに行けるよ」
「でも知らない人にご祝儀払うとか嫌だしなぁ…」
送り主の正体
結局兄の好奇心に負け、私は「参加」に〇をつけた。
それから1カ月後、ついに知らない人の結婚式の日がやってくる。
「お兄ちゃん、マジで何かあったらすぐ来てね。電話するから」
「わかったわかった」
「ほんと、責任取ってよね」
「わかったって」
ヘラヘラと笑う兄の車を降りると、見知った声が聞こえてきた。
「あれ?美佳じゃん!」
振り向くと、高校の時の同級生・歩美が手を振っている。
「歩美!あ~、よかった、知らない人ばっかりだと思ってた」
「え?どういうこと?梨花の結婚式に来たんでしょ?」
「うん、その…梨花さん?私知らない人でさ」
「…じゃあ新郎側の友人ってこと?」
「ううん。私、新郎新婦誰も知らないのに、なぜかこの結婚式に呼ばれたのよね。で、気になってきてみたってわけ。高校のときの同級生だっけ…?」
「いや…私は梨花と同じ職場なの。待って、理解できない…梨花と全然顔見知りじゃないのに呼ばれて来たってこと?」
歩美は混乱していたが、私だって混乱している。ひとまず共通の友人がいるそうなので、少しだけ気持ちが落ち着いた。
そうして挙式が始まったのだが、幸せそうな様子で会場に入って来た新婦・梨花を、私はやっぱり見たことがなかった。もちろん新郎も知らない人だ。
彼女に話しかけるチャンスがやってきたのは、披露宴のタイミングだった。幸い歩美と同じテーブルだった私は、歩美たちの会話に混ぜてもらいながら、新婦に声をかけるタイミングをうかがう。
そして、梨花がテーブルにやって来た。
「みんなぁ~来てくれてありがとう~」
「梨花!結婚おめでとう!」
「本当きれいだよ、幸せになってね!」
みんながそれぞれ声をかけるなか、私は愛想笑いをすることしかできなかったのだが、歩美が助け船を出してくれた。
「ね、ねぇ梨花。美佳とは友達なの?私、美佳と高校の同級生でね、まさか招待されてるとは知らず驚いちゃった!」
「美佳?」
梨花は私の顔を見て、全身を舐めるように見つめた後、フッと鼻で笑った。
「あ~、優くんの彼女だ。マジで来るとか超ウケる」
「…あの、失礼ですがどなたですか?」
「え?私、あなたのいまの彼氏の、優くんの元カノです。どんな顔か見てやりたくって招待状送ったんですけどぉ、ほんとに来るとかマジウケますね」
「…顔が見たいって理由だけで、わざわざ住所調べて招待したんですか?」
「はい。優くんって名前の通り優しくて、すぐ女性に騙されちゃうから、今回もそうなんじゃないかなって心配になったんです。でも…大したことない顔してるし、すぐ振られそう」
くすっと笑って、梨花はテーブルを離れていった。
一瞬、私の後ろにいる女性に睨みをきかせていたが、嫌いな上司なのだろうか。
図太く居座る精神
そのテーブルで話を聞いていた数人は、梨花の態度に呆然としている。しかし、すぐにみんな口を開きだした。
「元カレに執着する癖、直ってないんだ」
「前の恋人ともそれが原因で別れたのにね」
「結婚してまで執着するとかヤバくない?」
なるほど、どうやら梨花は元カレと別れた後も元カレに執着する癖があって、現在の彼女である私の顔が見たくなったらしい。
状況は呑み込めたが、さっぱり意味がわからなかった。
「あー…なんか、私来ないほうがよかったね。やっぱり帰ろうかな」
バッグを持って立ち上がろうとすると、歩美に引き止められる。
「ご祝儀払ったんでしょ?食べてきなよ、もったいないよ」
「いやぁ、でも…あんなこと言われた後だし」
「図太く食べてったほうがいいですよ」
声のほうを見ると、これまでそのテーブルで一度もしゃべらなかった、少し年上の女性が口を開いた。さっき梨花に睨まれていた人だ。
ずっと歩美たちの上司なのかと思っていたが、どうやら違うらしい。みんな、その女性の顔をじっと見つめている。
綺麗な黒髪のボブヘアで、いかにもできる女性という感じだ。パッと見、「モデルをしています」と言われても信じてしまうほどの美人である。
「私もあなたと同じ理由で呼ばれたんです。あ、高山と言います」
高山さんの左手の薬指には結婚指輪が光っていた。
「夫に聞いて、きっとそうなんだろうなって言うのはわかったうえで来ました。腹立ったんで、ストレス発散しちゃおーと思って」
くいっとワインを飲み、高山さんはにっこり笑う。
「この際だから食事全部食べて、ご祝儀のもと取って、できればちょっと反撃してから帰ろうって思ってます。あなたも一緒にどうですか?」
こうして私は高山さんと一緒に、図太く席に残ることにした。
どうやら梨花はだいぶ見栄っ張りな性格らしい。引き出物も料理も、すべてかなり高いランクに設定されていた。
「ね、美佳ちゃん。帰ったらもったいなかったでしょ?」
「たしかに、お肉とか焼き加減最高ですし…このソース、おいしいですね」
私はすっかり高山さんと意気投合していたし、歩美たちとも楽しく話ができていた。
梨花的には、幸せそうな自分を見て、未だにプロポーズされない現彼女たちをあざ笑ってやろうなどと思っていたのかもしれない。
しかし高山さんはかなりの美人だし、結婚もして子どももいる。梨花は知らないかもしれないが、何と医者をしているらしい。
そのオーラだけで、梨花のプライドはズタズタに傷ついているはずだった。
結婚して幸せの絶頂にいるはずなのに、元カレのいまの彼女たちが気になって、自分はその人よりも優れていると思いたくなる。
元カレたちへの復讐という側面もあるのかもしれないが、過去ばかりに執着する梨花が、私はかわいそうに思えてきた。
「結婚するんだから、もうこういうことはやめてもらわないと…心を入れ替えてもらうチャンスかもしれませんね」
「美佳ちゃん、何か案でもあるの?」
「ええ…まぁ、些細なことですけど」
反撃のとき
披露宴が終わり、二次会場所へ移動するという直前、私は新郎側の友人に声をかけた。
「おいしいごはんでしたね」
「ほんとだねー!梨花ちゃんの友達?え、二次会来る?来るよね?」
いい感じにほろ酔いらしい。酔い覚ましにもちょうどいいだろう。
「二次会は行かないです、私梨花さんの友達じゃないんで」
「職場の同僚とか?」
「いえ、私梨花さんの元カノのいまの彼女なんです。なんか…品定めしたくて呼ばれたみたいなんですよね。結婚するのに、どうして未だに元カレの恋人が気になるんだろう?不思議な話ですよね!」
少し声のボリュームを大きくして話してみたが、案の定、彼らの後ろにいた新郎側の親族の耳に入ったようだ。「え?」という顔で私を見ている。
「でも私、2カ月後に彼と結婚するんです。もし彼女が私の夫に未だに興味があるなら、最悪不倫になっちゃうじゃないですか。それはさすがに困るので…みなさん、新郎さんに忠告しておいたほうがいいですよ」
ニッコリ笑うと、新郎側の友人は何も言えなくなっていた。
「美佳ちゃん、行こう」
高山さんが声をかけてくれる。
「はい。それじゃあみなさん、お先に失礼します。歩美、後で報告聞かせてね」
「もちろん」
歩美たちに手を振り、私と高山さんは会場を出た。会場前には兄の車と、高山さんの夫が運転していると思われる車が止まっている。
兄の車には、なぜか私の彼氏も乗っていた。
「お義兄さんから連絡があって、心配できたんだよ。相談してくれたら止めたのに…」
「ううん、高山さんと知り合えたし、結構楽しかった」
「美佳ちゃん、今度2人で食事にでも行きましょうね。よかったら、友人として私も結婚式に誘ってくれると嬉しいな」
「ハイ!喜んで!」
なぜか意気投合している私と高山さんを見て、彼はきょとんとした顔をしていた。
帰宅後歩美からきた連絡によると、二次会で新郎側の親族と友人が、新郎にすべてを打ち明けたらしい。
事態は新婦側の親族の耳にも入り、非常識すぎると梨花は散々詰められたようだ。
他人の幸せを邪魔してしまったのは申し訳ないと感じるが、なんだかその日の夜ご飯は、いつもよりうんとおいしく感じた。
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