「昭和」扱いのワタシ、40代
「出た、昭和発言(笑)リモートでよくない?」
チャットツールのスレッドに、ほんの一瞬だけ現れてすぐに消去された言葉とその主の名前を、梨沙は見逃さなかった。きっと、ほかの同期に送るはずのプライベートメッセージを、間違えて送ってしまったんだろう。
山瀬梨沙たちが所属する営業部のチャットグループにメッセージが現れたのは、ほんの数十秒前。定例会議の最中だった。
これまで毎週オンラインでやってきたこの会議を、来月から隔週で社内で行うのはどうかという部長の提案に対し、意見を求められた梨沙が「私は、とてもいいと思います。直接顔を合わせて話すっていうのも必要だと思うんですよね。そういう機会が減っているからこそ」と発言した直後のことだ。
チャットを打った張本人の後藤美香は、何食わぬ顔でそれらしくオンライン会議に参加し、メモを取っている様子でキーボードを打っている。わざとらしく、相槌を打っちゃったりして。きっと、ばれていないと思っているんだろう。
後藤、許すまじ。梨沙はムカムカとした気持ちを、なんとか、深呼吸をすることで保っている。
求人広告の代理店である梨沙の会社では、去年からリモートワークが導入され、それから、部署全員が直接そろう機会は大幅に減った。出社することもあるが毎日ではなくなったし、そもそもメンバーそれぞれが社外に出ていることも多いので、なかなか会う機会がない人も増えた。
リモートワーク自体が悪いとは思わない。会社から40分以上かかる場所に住んでいる梨沙にとって、毎日の通勤が必須でなくなったのはありがたいし、家事の時間が取れたり多少は疲れにくくなったりもして、助かっていることも多い。
ただ、会って話したほうが早いなと思うことはあるし、オフラインでの人とのふれあいは、オンライン上のコミュニケーションよりも勝るとはいまだに思う。個々の仕事の進捗だったり、部署全体の士気だったりも、顔色や声色を見て聞いて、その温度感が伝わることもある。梨沙は、そんな風に思っていた。
まぁ、後藤のように梨沙と20歳近く離れた若い子からすれば、そういう考えこそが「昭和」…つまりは「古い」んだろう。
「後藤さんは、どう思う?」部長の藤野が尋ねた。
「そうですね…。私はオンラインでの会議に慣れちゃってるので、逆に、こっちのほうがスムーズなのかなって思うこともあります。資料とかも、Webで共有できますし」
「なるほどね。まあ後藤さんたちは、入社したときからほぼリモートだもんなぁ」
「ランチミーティングとかも、別にお店に行かなくても、自炊してオンラインでできちゃうじゃないですか」後藤は続けた。
効率重視。梨沙たちの年代から見ると、いまの若い子たちはそんな感じがする。「効率」とか「コスパ」とか、そういうことばかり気にしているように見える。
もちろん仕事において大事なことだとは思うけど、どこか寂しい感じもする。「そんなことに時間をかける必要はない」と一方的にシャットアウトされているような気がして、ほんの少しだけ傷つく。
結局、隔週で社内で会議をやるという話は確定せず、持ち越しになった。
そこからいくつかの共有事項や報告などがあったが、梨沙はいまひとつ頭に入ってこなかった。自分が提案する議題もないし、あとで資料を見返せばいいや。そう思い、ただただ苛立ちを抑えるため「無」になることに集中した。
後藤が送っていたチャットメッセージはすぐに消されてしまって一瞬しか見えなかったし、そもそも、梨沙のことだと断定できる証拠もない。そもそも、梨沙に直接投げかけられた言葉ではない。だから怒ることもできないし、文句も言えない。それが、なおいっそう腹が立つのだ。
会議が終わり挨拶を済ませると、梨沙はいち早くルームから退室した。
後藤美香。梨沙がもっとも苦手で、どうも引っかかる部下のひとりだ。
去年新卒として入社し、2年目の超若手である後藤より、今年42歳で20年近く勤めている梨沙のほうが当然、社歴も社会経験も上だ。本来なら、そこまで気にするような相手じゃない。でも、なにかにつけてイラッとしてしまうのだ。
「どーせ、昭和ですよ」自宅でひとり、梨沙は思わず、声が出てしまった。