わかりあえるのは、やっぱり
「何その子!梨沙、優しすぎだよ。私だったらキレちゃうよ」
「私もキレたいけどさー。なんか、それで訴えられたりとかしたらバカみたいじゃん」
「訴えられないでしょ、それくらいで」
「でもいまの子って、自分たちが損することに敏感だし、権利主張激しいじゃん?こっちが悪者みたいにされて、大騒ぎされるかもしれないじゃん。SNSで発信したりとかさ」
「なんか『わかりみが深い』んだけど」
「ちょっと、若者言葉使わないでよ」
梨沙が言うと、茜はケラケラと笑う。ガヤガヤとした雰囲気のなか、梨沙は茜と3杯目のビールを飲んでいる。
西屋茜は梨沙と同期入社だったが6年前に転職し、いまは都内のベンチャーで働いている。同期のなかでは一番親しく、いまでも連絡を取り合う仲だ。急な誘いだったが、都合をつけて来てくれた。
高架下にある焼き鳥屋は、お互いにちょっと大きな声を出さないと聞こえないのだが、それがまた、自分のイライラを発散できていい。
「うちもさー、この前、会社で20代前半の子と話してたんだけど。結婚の話になったとき、その子が『私は絶対に結婚したくないです』とか言うのね。その場には私以外に3人いたんだけど、全員既婚者なんだよ?『結婚して名字変わるの嫌だし、法律に縛られない人生がいいです。自分の子どもはほしいですけど』とかいって」
茜は口をとがらせる。
「あー、そういうこと言う子もいるよね」
「別にどう思っててもいいけど、それさ、結婚してる人たちの前で言うか?って。もう、苦笑いだよ」
茜はもつ煮を箸でつまみながら、肩をすくめた。
「自分の意見をはっきり言うのがかっこいいんだ、みたいに思ってるところありそうだね」
「そうそう。普通はさ、その場の空気読むとか、周りにいる人の立場考えるとか、いろいろあるじゃんね」
そうなのだ。なんでもかんでも空気を読めとまではもちろん思わないし、自分の考えがあること自体はもちろんいいと思う。でも、ちょっとは気を遣おうよ、と思うことは多い。まあ、周囲の大人が、それをはっきりととがめられない風潮も悪いとは思うけれど。
「競争もない、あんまり怒られない、みたいな環境で育ってきて、社会に出ても腫れ物に触るように大事にされる。大人たちから相当気を遣われてることに、少しは気づいてほしいよね」
茜の言葉を聞きながら、梨沙の頭には後藤の顔が浮かんでいた。あの子、私のことどう思ってんだろう。「口うるさい昭和のオバサン、乙」みたいな感じなのかな。
「梨沙、きょうは飲もう。すみません、ビールおかわりください!」茜の声がホールに響く。
「ちょっと、まだ飲むの?」
「いいじゃん、あした土曜日なんだし。きょうは旦那さん、家にいるんでしょ?」
茜にも、小学6年生の一人娘がいる。少し前から、またこうやって夜に出かけて、時々飲めるようになってきた。
「うん、いるよ。そうだね、明日休みだもんね。よし、私も飲む!」
やっぱり、同じ世代でしかわかりあえないことってあるな。梨沙は、酔いの回ってきた頭でそう感じ、積もり積もっていたストレスが少しだけ、弾け飛んでいく感覚を持った。