いまどきの若い子って…
諸々の作業が落ち着き、気づくと、社内は閑散としていた。
富田社長宛に改めてお詫びのメールを作成し、ネットが苦手な社長へ向けて、謝罪の手紙も書いた。部長に報告を上げ、今回のようなミスが起きないよう、今後の後藤の仕事のフォロー体制についても考えた。
後藤は、本当は動画編集だとか、そういうことができる会社に行きたかったのだと、以前言っていた。だから、動画制作の自主プロジェクトに熱をあげていた気持ちはわかる。まだまだ若いんだし、転職とか、これからいくらでも方向転換はできるだろう。
でも、だからって、いまやっている仕事を適当にやっていいわけじゃないと、やっぱり梨沙は思う。
思わず、ため息が出そうになる。たとえ本人にやる気がなくても、どんなに苦手でも、自分の部下である限りは、辛抱強く面倒を見て、育てていかなければいけないのだ。
リモートワークが定着してきたいまでも、梨沙は結局、週に数回はオフィスに来る。社歴が長いこともあるが、なんだかんだ、社内にいるとわりと落ち着く。
特に今回のようなこと…プライベートに仕事を持ち込みたくないとき、クールダウンしたいときは特にいい。もうきょうのことは、会社のなかで完結させて帰りたい。その一心で、やるべきことを片付けていた。
あしたも、午前中からクライアントとの打ち合わせが2件あって忙しいし、そろそろ帰ろう。立ち上がろうとしたそのとき、遠くの島にいた総務部の社員から、梨沙宛に電話だと声がかかった。
デスクの電話を取ると、富田社長からだった。なんだろう。まだ、怒りが収まらないのだろうか。まぁ、今回は完全にうちの大ミスだもんな。梨沙は緊張した。
「先ほどは、本当に申し訳ございませんでした。…何かございましたでしょうか」
「いやぁ、あのあと、後藤さんが来てくれてさ。お詫びに、何か手伝わせてくれって。断ったんだけど帰らなくて結局いろいろお願いしちゃったから、上司の山瀬さんに、お礼の連絡」
梨沙は、耳を疑った。そんな「アナログ」なこと、後藤がするはずないと。だが、どうやら本当のようだった。
「うちとしてはさ、これまで山瀬さんにずっとお願いしてきて、おたくの会社を信用してるから。後藤さんに変わってからは、正直『この子、大丈夫かな』って思ってたんだけど。なんかリアクションも薄いし、こっちの話聞いてくれてるのかもよくわかんないし」
「そうだったんですね…。こちらの指導不足で、すみません」
「いや、でも助かったし。帰りがけに、『いまの時代は、ネット広告も活用していってもいいと思います』って言われちゃったけどね」
自分のミスで大迷惑を掛けた相手に、そんな余計なことを言ったのか。一言多いんだよ、まったく。梨沙は辟易し、今度こそ富田社長の気分を害してしまったと落ち込んだ。しかし、返ってきたのは意外な返答だった。
「まぁでも、ネットのほうも使ってみるってのもいいのかもね。これからは」
これからは。それはつまり、契約を続けてくれるということだ。梨沙は、ほっとして力が抜けた。
富田社長との電話を切ると、梨沙の脳裏に後藤の顔が浮かんだ。自分の「昭和発言」も、ひとつくらいは、若い子の役に立つこともある、のかも。
そして彼女の発言や行動も、あながち、すべてが間違ってばかりでもないのかもしれない。
理解は、できない。苦手であることも変わらない。やっぱり、腹も立つ。でも、少しくらいはわかろうとはしなきゃいけないのかもな。「いまどきの若い子」のこと。
「歳なんて取るもんじゃないな、ほんと」梨沙はつぶやき、パソコンのチャットツールに届いていた後藤の謝罪文に「グッド」を示すスタンプを押すと、シャットダウンのボタンを押した。
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- ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。