こんにちは、椎名です。僕は身体の性が女性で心の性は定めていないセクシュアルマイノリティで、女性のパートナーと生活をともにしています。
僕は「漫画を読むこと」を長年の趣味のひとつにしています。子どものころから漫画が好きで、大人になってからも毎日紙のコミックスや漫画配信アプリ、Kindleなどの何かしらで漫画を読んでいて、1コマも読まない日はほとんどありません。
作品のジャンルは少年・青年漫画が比較的多いものの、恋愛を描いた作品も好きです。男女の恋愛、ボーイズラブ(男性同士の恋愛)、百合(女性同士の恋愛)を分け隔てなく読んでいます。
そのなかでも今回は、特に気に入っていてオススメの百合作品『かけおちガール』(ばったん著/講談社)を紹介します。
冒頭でもお話しした通り、僕は身体は女性ですが性別を定めていないセクシャルマイノリティで、女性のパートナーがいるのですが、この作品の第一話をはじめて読んだ際に思わず「これは僕と彼女が歩んだかもしれなかった未来だ」と思ってしまいました。
百合作品を読んだことがないというかたにも、初めて読む百合作品としてオススメですよ!
学生時代の忘れられない恋、ありませんか?
『かけおちガール』は講談社コミックプラスより書籍版全3巻が発売中のコミックス。作者のばったんさんが第1話を自身のTwitterに掲載していたことがきっかけで、僕は出会いました。
主人公は大学院生のもも。黒髪に眼鏡、服装も派手ではなくどちらかと言えば冴えない印象。恋愛にも縁遠く、妹からも「喪女」(「モ」テない「女」性を揶揄するネットスラング)と呼ばれる彼女には忘れられない恋人がいました。
恋の相手は、おさげがかわいいみどりちゃん。通っていた女子高で出会い、仲のよい特別な友達を経て恋人になりました。ふたりはおそろいのネイルで手を繋ぎ、愛を育んでいきます。
卒業後も続いていくと思われたその眩しい日々は、あっけなく卒業とともに幻のようにももの目の前から消え去ってしまいます。
「おんなどうしなんて、いつまでも夢見てらんないじゃん?」そう言ってみどりちゃんはトレードマークのおさげと共に、ももの手も解いてしまいました。
一見勝手なみどりちゃんの行動も、ももはどこか憎めず愛おしい思い出として心に残り続けました。
そんなある日、アルバイト先の眼科にみどりちゃんが偶然現れたことで、ふたりは再開。「運命なのでは?」と浮かれるももですが、みどりちゃんから手渡されたのは結婚式の招待状で…。
という展開から、この物語ははじまります。
このあとももはみどりちゃんと、みどりちゃんの婚約者・たずねくんの家に招かれ、たずねくんのみどりちゃんに対する言葉に違和感を覚えてしまい、心配から彼女への思いを募らせたりしていきます。
女性同士の恋愛がメインですが、みどりちゃんがたずねくんに惹かれて結婚を決めるまでの話も男女の恋愛として同時に描かれていることで、女性同士・男女どちらの側面もフラットに描かれているなと感じました。
なので僕はこの作品は女性だけの関係性を描いた百合作品ではなく、さまざまな恋と愛にフォーカスをあてた“恋愛作品”だと考えています。
異性愛と同性愛が同時に存在することでリアリティがあるところが、百合作品を読んだことがない百合初心者の初めての作品としてオススメだと感じるポイントです。
特に青春の思い出のなかに「忘れられない人」がいるかたは共感できる作品だと思います。
誰もが未熟だったあのころの延長線を生きている
『かけおちガール』の魅力として、キャラクターの繊細な心理描写と彼・彼女たちの持つ背景の奥行の深さも注目していただきたいポイント。
卒業式でももに別れを告げたみどりちゃんは、とても寂しがり屋の女の子でした。その理由は彼女の生まれ育った家庭環境にありました。
「ひとりぼっちは嫌い」だからたずねくんの自分に対する接し方に違和感があると自分で気づいていても、その原因を探るよりも自分のさみしさを埋めることを選んでしまった。
ももはと言うと、みどりちゃんに別れを告げられたあとに彼女が手を放すことを拒みませんでした。
それは彼女が自分ではみどりちゃんの願いを叶えることができないと思い込んでいたからです。それなのに再会するまで、彼女への恋心に区切りをつけることができないままでいました。
みどりちゃんの扱いに難アリの婚約者たずねくんも、彼女にそういう態度をとってしまう彼なりの理由が作中で描かれます。
誰と付き合ったって、結婚したって、相手と自分の心に向き合って寄り添わなければ関係性を築くことはできません。それなのに若さや未熟さで、それぞれが自分のなかにあった向き合わなければならない自分の自信の存在から目をそらしてきたのです。
それに気づいて彼らは向き合い始めます。その機微な心の動き、気づきを得たり心を決める瞬間の心理描写が、キャラクターに寄り添っているような優しい美しさに満ちています。
もも、みどりちゃん、たずねくんだけではなく誰もが一度は自分の若さ、未熟さで下した決断や行動を振り返れば「もっとこうしていたら」と考える出来事があるように、その出来事の延長線上にあるいまを生きている。そう僕は受け取りました。
3人がかつての若かった自分と向き合うなかで、彼らが通った“若さ”の渦中にいるキャラクターとして登場した小鞠の存在もストーリに瑞々しさを添えています。
小鞠はももが再会したみどりちゃんとのことを相談している、女性を恋愛対象にするセクシャルマイノリティ当事者仲間の女子高生。小鞠のまっすぐなアドバイスに、ももは頼もしさを覚えると同時に羨ましくも思っています。
そんな小鞠でも3人のように大人になったらおそらく後悔してしまいそうな選択をしてしまっているのですが…。サブストーリーとして彼女の成長も見どころです。