神戸メンタルサービスの平です。
心理学を学びはじめたころ、私がいちばんびっくりした心の法則は、「人は傷つき、死ぬことよりも、救われ、幸せになることを恐れている」というものでした。
「そんなわけないだろ」とこれを読んでいるみなさんはお思いでしょうし、最初は私もそう思いました。
しかし、多数のカウンセリングを行っていくなかで、「たしかに、これは偉大な法則だなぁ」と確信するに至った次第です。
「怒りん坊」な彼女
さて、その日、ご相談にみえた彼女の父親は、とても恐い人だったそうです。
言葉は少ないのですが、一度口を開くと迫力があり、体が大きく、声も大きい。だから、たまに怒ったり怒鳴ったりすると、それは恐くて、彼女はいつも父親の前ではビクビクと生きていたらしいのです。
そんなふうに育ったので、彼女は男性に怒られたり、大声でなにかを言われたりすることをとても恐がります。
そのためやさしいタイプの男性とおつきあいをするのですが、今度はその彼にイライラしてしまい、自分のほうが口うるさくなったり、怒りっぽくなったり…。
そして、彼に「きみは怒ってばかりだ…」などと言われると、ものすごく自己嫌悪し、「もう、ダメだ」と自分から関係を終わらせてしまうことの繰り返し。
彼女はあの怒りん坊の父親の呪いが自分にはかかっていると思っていて、「私はこの血を呪います」などとまるでホラー映画のようなことを私におっしゃいました。
ひとことで言うと、彼女は怒りん坊であるわけです。そしてそのすべては、怒りん坊な父親のせいだと決めつけているのですね。
実は、このあたりまではよくある話なので、カウンセリングではさらに詳しく父親について聞いてみました。
それによれば、彼女のご両親の夫婦仲はとてもよく、父親と弟の関係も良好なんだとか。
「ということは、お父さんはきみにばかり怒るの?」こう聞いてみると、彼女が小学校の低学年のころから、父と娘の会話はほとんどなかったとのこと。
「じゃあ、それ以前はどうだったの?」「うーん、あまり覚えてないです」
こんなときはほとんどの場合、思い出したくない記憶があるものです。
「小さいときの写真は、おとうさんと一緒に写っているのがいっぱいあるでしょ?」「なぜそれを…?」
そう、彼女はパパっ子だったのです。けっこうわがままな。そしてあるとき、なにかおいたをして、パパに怒られたのでしょう。そのとき、彼女は思ったのです。
「この私を怒るなんて、許さない!パパがいちばん嫌がることをして、復讐してやる!」
その復讐というのが、「パパのことなんて、無視しちゃうもんね!こんなにかわいい私に無視されて、かわいがることができないなんでつらいでしょ!」
つまり、それは彼女にとっては父親とのケンカであり、「無関心を装う」という父親がいちばんダメージを受ける方法をとったようなのです。
彼女は「父親がよく怒る」と解釈していますが、ほんとうに怒りん坊なのは彼女自身で、昔父親に叱られて以来、ずっと父親のことを怒っていたのです。
それを正当化する理由として、「父親はいつも怒っている」と言っているんですね。
心理学では、これを“投影”といいます。私たちは、自分がしていることを使って、人を責めてしまうことがしばしばあるのです。
彼女の父親はちょうど数カ月前に亡くなったのですが、最後まで彼女のことを心配されていたそうです。
私は彼女にちょっとしたイメージワークをしてもらいながら、こんな話をしました。
「あなたという存在が、どれほどお父さんに感謝され、愛されてきたことか…。あなたはそれを拒絶するために、“お父さんは怒りん坊、そのせいで、私も怒りん坊”という考え方を使ってきたのですよ。きょうは何十年ぶりに父と娘の間の閉ざされた扉を開けて、パパと楽しく遊んでいたころの笑顔あるふたりの世界に戻っていきましょう」
そして、彼女は号泣し、長年の戦いを終えたのです。
- image by:Unsplash
- ※掲載時の情報です。内容は変更になる可能性があります。