妻は夫に付随するもの?
ちょっとどういうことよ?私はこれしかやることないの?元役所勤めだった父をコソコソと問い詰める。
父はいつも下がりぎみな眉をさらに下げながら「まぁ、お父さんもその辺は畑違いで詳しくないから、用紙もらうときに聞いたんだけど、“妻は夫に付随するもの”って考えらしいんだよね。だから夫が養子に入れば、妻も自動的にそれにくっついてくるっていう…」と答えた。
…はい?なんですと?妻は夫に付随するもの?「バカ言ってんじゃないよ!」とその場で叫びたかったが、この怒りを窓口の彼女や父に向けたところでどうにもならない。
私が記入したのは用紙の「その他」の欄。配偶者がいる人が養子縁組をする場合は、配偶者の同意が必要なので、「その他」の欄に同意しましたと書く必要があるそうだ。
私はただただ養子縁組に「同意」したのみ。しかも「その他」の欄。証人より書くところ少ないじゃないか。
自分の姓が変わる、重大なことなのに。妻は夫にくっついてくるもんだから、特に妻側の手続きは必要ないってことか。
「こんなことってある?」と母に縋り付くような目を向けたが、母はもうすでに達観したかのごとく、大人しく後ろの長椅子に座ってこちらをニコニコ見ている。
母よ。あなたはこの理不尽な世界で、“誰かの妻”であり続けたのですね。でもあなたも、この日本で“妻”であることに苦しさを覚えたことはないですか?
私は心の底からフツフツと湧き上がる怒りを、憤りを、どこにぶつけたらいいのかわからなかった。役所で大騒ぎするのも恥ずかしいし、ここで怒ったところで何かが改善されるわけでもないのでグッと堪えたけれど。
それにしても、窓口の女性の苦笑は、「ごめんなさい、ひどい制度ですよね。その気持ちわかります。でも、どうしようもないんです。私も苦しいんです」という意味なのか、それとも「あらあら、何を身分証なんて必要ないものを用意しちゃってるのかしら、この人。クスクスクス…」という意味だったのか。いまとなってはたしかめようもないけれど。
手続きが終わって、両親を実家まで送り届け、自分たちの自宅に向かう帰りの車のなかで、「きょうのあの手続きどう思った?」と夫に聞くことができなかった。「別に何も?」と言われるのが怖かったから。
こんなことにいちいち怒ってるのは私だけなのかもしれない。この怒りに同意してもらえなかったら、きっと泣いてしまう。そう思って、夫には聞けなかった。
姓が変わるまで手続きから1カ月かかった
窓口の女性いわく、大体2週間くらいで役所内での処理が終わって、戸籍も「藤原」になっているはずとのこと。
自宅を「藤原」の土地に建てるために姓を変更したので、これから住宅ローン申請をしなければならない。そのためには、「藤原」になった戸籍謄本が必要だった。免許証や銀行口座の名義なども変更しなければ。
2週間後に役所に行って、戸籍謄本を申請したところ「まだ処理されてないみたいですねぇ」という返答。
そのときは、あと数日すればちゃんと処理されてるだろうなんて軽く考えていたが、その後何度役所に足を運んでも、「まだですね」「今回もまだですね」という状況が続いた。
いつになったら処理が終わるの?っていうか、いまの私って「佐藤」なの?「藤原」なの?どっちなの?という、どっちつかずの状態。
結局1カ月ほどかかり、「藤原」の戸籍謄本をお渡しできますと連絡がきた。
これでやっと住宅ローンの申請ができる。受け取った新しい戸籍謄本を家でじっくりと見た。
ふむふむ、ちゃんと「藤原」になってますね。よかったよかった。これで堂々と「私は藤原です!」と名乗れる。「本当は結婚して佐藤になったんですけど、仕事は旧姓でやってるので藤原って呼んでください」というあの面倒なやりとりをしなくて済む。なんて晴々とした気持ちなの!
…と思いながら謄本を眺めていると、私の配偶者の氏名が義理の父の名前になっているのを発見。夫が義理の弟になり、そしてさらに夫の父親と結婚したことになっている。
もちろん、配偶者氏名が間違っていることを伝えて登録修正してもらったけれど、こんなことってあるんですね。本当、どこまでも笑わせてくれる養子縁組でした。