姓を元に戻そうという夫からの提案
夫もここにきて「藤原」の人間たちの面倒くささに気づいた。「やっぱり俺が藤原になれば、全部うまくいくんじゃない?俺は別に苗字変わっても気にならないし」と提案してくれた。
藤原の面倒ごとが全部私たち夫婦に覆いかぶさってくることを避けたくて「佐藤」になったわけだが、この土地で暮らしていくと決めた以上、私も腹を括るしかない。
義両親にも夫から経緯を話したところ「こちらは息子が佐藤でなくなっても問題なし」とのこと。
降って湧いたような、苗字を戻すという選択肢。私は素直に「藤原」に戻れるかもしれないということ、土地の名義問題がこれでうまくいくかもしれないということに内心喜んだ。
父に「藤原の姓に変えようと思っている」と伝えたところ、最初は反対された。父としては、“娘は嫁に出した” “娘はもう佐藤の人間だ”という意識が強かったのだと思う。
そういうところが、頭硬いというか、昔気質というか。「どうして名前とか家に縛られるのだろう?縛られることの苦しみは、きっと父も母も味わってきたはずなのに、“そうあるべき”という考えから抜け出せないでいるんだろうなぁ」と少し悲しくなった。
戻す、戻さないでしばらく言い合っているうちに、今度は親戚たちが「藤原の土地に佐藤名義の家が建つのは問題がある」と言い出した。
父からも「そういう話が出てるから、家は夫名義ではなく夫婦の共同名義にしてほしい」と言われた。
「ほらね、だから言ったじゃん!とにかく藤原であることにこだわってるんだから、私たちが姓を変えれば済む話でしょ!」と強く出たところ、ようやく父も折れた。
姓を変えるって、とんでもなく難しい
「夫婦間で同意があるのだから、役所で手続きさえすればすぐ変えられるでしょ」くらいに簡単に考えていた。調べてみると、一度夫の姓になってしまってから妻の姓に変えるのはかなり困難なようだ。
不可能ではないのだけれど、たとえばキラキラネームをつけられた子どもが改名するときのように、正当な理由がないと許可されないらしい。
ネットで検索した情報によると、戸籍の氏を変更するには「やむを得ない事由」がなければならず、さらに「家庭裁判所の許可が必要」なのだそうだ。
父が役所に問い合わせたところ、土地の権利関係で姓を変えたいという理由だけでは「やむを得ない事由」には該当しないらしい。じゃあ、やむを得ない事由ってなんだ?どういう事情であれば「やむを得ない」と判断されるんだ?
どうやら、以下が「やむを得ない事由」らしい。
- 婚姻前の氏に戻したい
- 婚姻中に称していた氏にしたい
- 外国人の配偶者の氏にしたい
- 奇妙な氏である
- むずかしくて正確に読まれない
- 通称として永年使用した
- 外国人の父・母の氏にしたい
- 外国人の配偶者の通称にしたい
1と2に関しては、「離婚後」という前提がある。
建前では「土地の権利関係」という理由だが、私のなかでの一番の理由は「姓が変わってから、自分が自分じゃなくなってしまったように感じる」というもの。目に見えない、心の問題だ。どうやらそれは「やむを得ない事由」とはならないらしい。
そんなバカな話があるか!大憤慨したが、私が文句を言ったところで何も変わらない。
これは一体いつの時代の制度なんだ。いまだ。まさしく、いまのものだ。そしてきっとこれからしばらく先も、このままだ。
私は、そんな日本で結婚して、大切な姓を変えてしまったのだ。