「俺の周りにLGBTはいない」といったエライ人
こうしてカムアウトをしたいと思える上司がいる一方で、「絶対にカムアウトは出来ない」と感じた上司もいました。その上司は直属の上司ではありませんでしたが、同じ部署に所属をしていたため毎日顔を合わせる相手のひとりでした。
渋谷区がパートナーシップ制度を導入した数年後、LGBTQ+について社内研修を行うことになった際の出来事です。
研修は通常業務の合間の決められた日時に受けなければならず、その上司は「忙しいのに面倒くさい」と常々口にしていました。
忙しいのは事実だし、なかにはそう考える人もいるだろうと聞き流していたのですが、その上司は続け様に「俺の周りにLGBTはいないからやる必要ないよ」と話しました。
ほんの目と鼻の先にいる僕が当事者だと知らないからこそ出た言葉ですが、当時それなりにショックを受けました。ほかの社員と変わらず仕事をしていても、その上司にとって“LGBTQ+当事者の僕”はこの会社に存在していないのだと感じたのです。
そう考える人だからこそ、この研修を受ける必要があるのだと思いますし、実際に研修を受けたことで彼の考えが変わった可能性もあります。
しかし何も考えることなく「俺の周りにLGBTはいない」と口にする姿が、あまりに悪気ない様子だったので、「この人がいる限りカムアウトはできないな」と感じてしまいました。
それと同時に、この上司と仲が良い周辺の同僚たちもいるため、どんな形で彼の耳に入るかわからないと思い、退職までカムアウトはしませんでした。
SDGsがカムアウトのチャンスになると思った
SDGsという言葉をニュースで耳にしない日はないのではないか、と感じるようになったころ。前職の社内でSDGsに関する取り組みを行う社内委員会が発足しました。そのメンバーになぜか僕も選ばれたのです。
僕はもしかしたらこの委員会への参加が公にカムアウトをするきっかけになるのではと思いましたが、前述の上司のような社員の耳にも入ることの不安との葛藤があり、手放しで喜ぶことができるものではありませんでした。
ある日開かれた委員会で、人と社会が抱えるさまざまな問題を社内に提起し、理解を深めるきっかけにすることを目的に、「世界人権デー」などのタイミングに合わせてその日に合わせた内容の記事などを社内共有することが決まりました。社内共有を行うテーマにはLGBTQ+も含まれており、僕もその担当のひとりとして選任されたのです。
そしてほかのメンバーといくつかの国際的なキャンペーンを選定し、社内共有を行う年間スケジュールを社長へ報告をする場に立った際に、僕が公にカムアウトをするという考えは完全に断たれることになります。
LGBTQ+についての共有を行う日を、国内の東京レインボープライドと国際的なプライド週間のどちらに合わせるかという話題を報告したところ、社長から返ってきた言葉は「そんなものどっちでもいいよ」という言葉でした。
いま思い出しても、なんて言葉だろうと思います。この委員会で行ったことは社としてのSDGsに関する活動のひとつとして社外へも公開されるので、まるでやっている体だけがほしいかのようではないかと感じたのです。
「そんなもの」に心も時間も割いて活動しているかたが世の中にはたくさんいて、それはLGBTQ+に関わらず人と社会とが抱える多くの問題において同じように存在してます。
それにひとりの当事者として、「そんなもの」なんていうトップがいる会社が、社内へLGBTQ+が抱えている問題を形だけで提起したり理解があるかのように社外へ公開してほしくはありません。
この言葉も前述の「俺の周りにLGBTはいない」と口にした上司と同様に、目の前にいる僕が当事者だと知らないから出た言葉だと思いますが、僕はこの言葉で前職で公にカムアウトをすることを完全に諦めました。