再婚夫婦の婚前約束
ちょうどそのころ私も妊娠がわかり、何だか慌ただしくて、美雨がどのようにして順也と元サヤに戻り、結婚に至ったのかは詳しく聞いていなかったが、美雨はあえて誰にも話していなかったのかもしれない。
「結婚して9年くらい経つけど私、前妻との間の子どもの名前はもちろん、年齢も性別も、いまだに何も知らないんだ。というか、想像したくなくて聞いてないんだよね」と、この日美雨はいっていたから。
美雨と順也は、結婚するにあたり、いくつかの約束をしたという。
まず「携帯を番号ごと変える」こと。
「『前妻と連絡は取ってない』っていってたんだけど、過去をリセットする意味でもそれだけは譲れなかった。彼はスムーズに応じてくれたよ。『それで美雨が納得してくれるなら』って。お義母さんや、彼の友だちにも話を聞くと、前妻はもともと精神的な病気を抱えてて、離婚時正常なやりとりができなかったみたい。
いきなり子どもを連れて実家に帰って、そこからは『離婚したい』の一点張りだったんだって。話を聞いてたら、前妻にはほかに好きな人ができたんじゃないのかな?なんて思ったんだけど。彼にはあえて伝えなかった」
そして「前妻と連絡を取らない」こと。
「子どもに養育費を払う」っていう義務はしっかり果たした上で、それ以上のコンタクトは取らないでってお願いした。うちは両親が離婚していて、母が私たちきょうだいを苦労して育ててくれたから、たとえ自分の子ではなくても、子どもへの義務はキチンとしなきゃとは考えてたんだ。
でも結婚に憧れる一方で不安もあって。これも私の育った環境が影響しているんだろうけど、彼にどこにも行ってほしくないと思った。だから、私や、私の子どもだけに目を向けていてほしい、と」
最後に、「もし前妻や子どもから連絡があったら報告すること」。
「共通の友だち伝いに新しい連絡先を知って連絡してくるかもしれないし、子どもがいつか「会いたい」っていってくることもあるかもしれない。そのときはひとりで対応したり悩んだりせず、私にも伝えてほしい。それも強く要望した。と同時に、いつかそんなタイミングがくるかもしれないことは少しだけ覚悟したの」
この3つの約束に、私は胸が締め付けられそうになった。美雨の、「自分の作る家庭を壊されまい」「自分と順也の絆を守りたい」という強い想いを感じたからだ。
わが家のような、ともに初婚家庭の場合、そんなことは考えないし、そんな決意も必要ないことの方が多い気がする。せいぜい「元カレ、元カノと連絡取らないでよッ!」「ほかの女(あるいは男)にうつつを抜かすなよッ!」と牽制するくらいだろう。