ある美容師との出会い
LGBT当事者向けに、「LGBTフレンドリー」を掲げているヘアサロンもあります。あくまで都内での体感ですが、ここ数年で以前よりもずっとそういったヘアサロンが増えていると感じています。ですが、いま僕が信頼して通っているヘアサロンは、LGBTフレンドリーを表立って掲げてはいません。
当初はLGBTフレンドリーのヘアサロンを希望していたのですが、自宅から通いやすいエリアになかったことで断念しました。
カムアウトができなかった理由を考えてみると、そもそもで僕は髪を切ってもらう際に美容師と会話をすることが苦手だったのです。なので、話しやすい雰囲気のヘアサロンであることに重きを置いて探すことにしました。
通いやすいエリアのヘアサロンをあれこれ見ていると、「オタク歓迎」の文字が目に入りました。もともとアニメやマンガが好きだったので、「オタク」を受け入れてくれるヘアサロンであれば、話もしやすくカムアウトをするきっかけもあるかもしれない。そう期待してこのヘアサロンを選びました。
カット当日。理想の髪型にするために美容師にカムアウトをするのだと、いままでになく緊張していました。当日まで何度もイメージトレーニングをして、カムアウトをする際の言いかたや、万が一びっくりされてしまった際の心の準備を整えてきました。
緊張でそわそわしながらヘアサロンの扉を開けると、すぐにひとりのスタッフがこちらを向きました。
「いらっしゃいませ~」
派手な髪色に少し肌の焼けた、いかにもチャラそうな彼が、後の僕の担当美容師。彼は見た目も口調も一見チャラチャラして見えて、第一印象では正直苦手なタイプだと感じました。「ヘアサロン選びを失敗したのでは?」とまで思ったほどです。
見本に用意した憧れの男性アーティストの画像をスマホで見せながら、次はまた別のヘアサロンに行こう、そう考えていると、かえってカムアウトをしてみようという気になってきた。
「実は、同性の恋人がいるんです。彼女にカッコイイって言ってもらえる髪型にしてもらいたくて…」と、イメトレのようにサラッとではないにしろ、カムアウトできてしまった。これには、自分でも驚きました。
いままで何度もカミングアウトをしようと思っても、言葉を飲み込んできました。そのたびに、「こんなに言えないものなのか」と溜息をついてきたのです。それなのに、いま自分はその言葉を口にしてしまった。しかしもっと驚いたのは、僕の言葉に続けた彼の言葉でした。
「そうなんだ。じゃあ彼女のためにかっこよくなって帰りましょうか!」にこやかに、戸惑いなんて微塵も感じないポジティブな返し。きっと僕はポカンとした顔をしてしまっていたと思います。
彼はそれどころか、「ごめん、もう一回写真見せて!この人はモデルさん?名前は?」なんて、画像に映るアーティストの話題から会話を広げていきました。
「デートはどういうところに行くの?」「彼女とは長いの?」と、まるで異性カップルに話すかのように。気がつけば、聞かれるままに彼女のことを話していて、自然と振舞えている自分に気がつきました。初対面の人に彼女のことをこんなに話したのは初めてです。
このときの会話のなかでは、彼女のことを異性の恋人であるかのように誤魔化したり、恋人はいないと嘘をつくことは少しもありませんでした。
これまで自分のことを、ヘアサロンでの会話が苦手だと思っていましたが、そうではなかったのです。彼女や自分のことを偽って、取り繕って話すしかないことに居心地の悪さを感じていたのだと気がつきました。会話をしながらハサミを入れる度に、髪と一緒に心も少し軽くなっていく気がしました。
カットを始めてから1時間後。ヘアサロンの大きな鏡の前には、いままでで1番「なりたかった僕」がそこにいました。毎回「ちょっと違うんだよなぁ」と思ってヘアサロンを後にしてきたことが嘘のようです。まるで魔法のように、僕に似合うメンズカットになっていたのです。
2回目、3回目と足を運んでもそのたびに希望したとおりに要望を伝えることができ、満足なカットに仕上がります。「絶対にかっこよくしてもらえる」と信頼感をもって足を運んで、その通りの気持ちで家路につく。たったそれだけのことがこんなにも嬉しい。髪型が気に入ると、メンズファッションも以前よりも似合っている気がして、服選びも楽しさが増しました。
自分に「似合う」と思えることは、成功体験。積み重ねれば、自信になります。僕は美容師である彼にカムアウトして、本当によかったと思いました。