マザコン夫の「ありえない」行動
その日は、朝から義母の姉が家に遊びに来ていた。
義母より3歳上の真子さんは、着物教室の講師をしている。趣味で日本舞踊も嗜んでおり、月に2度の土曜日のお稽古前に梨花や義母の住む家に立ち寄るのが定番化していた。
お茶菓子をちょこっとつまみ、コーヒーを飲んで、30分ほどで立ち去っていく。長居は決してしないし、人の家のものにもほとんど触らない。必要以上に気も使わせず、干渉もしない。梨花はさっぱりとした性格の真子さんが好きだった。
「子どもの予定は?」と聞いてくる親戚たちを、「みっともない質問投げんじゃないわよ。時代遅れよ」と一蹴してくれたときからずっと。
しかし、その日はそんな真子さんが珍しくイライラしていた。
「それでね、陽ちゃんは毎日私のお弁当持って行ってくれてるの。やっぱり何年経っても息子って母親が大好きなのね。小さな彼氏って言うじゃない?いまじゃもう大きな彼氏だけど、本当にそんな感じ。ドキドキしちゃうのよ」
義母がコーヒーをすすりながら、ここ最近の話を自慢げに話している。嫁よりも母親が好きな可愛い息子、うらやましいでしょ、と独身の真子さんに向かって。
2階の我が家にまで聞こえてくる声を、梨花は洗い物をしながらジッと聞いていた。
「あなた…本当にそれでいいと思ってるの?」
「え?何が」
「お嫁さんを差し置いて、息子をベタベタかわいがるの」
「何その言い方。お嫁さんを差し置いてって…違うわよ、陽ちゃんが私を選んでくれたの」
「話を聞いていると違うわよね。お嫁さんも陽一もあなたに気を使ってるんじゃない。もういい年でしょう、いい加減子離れしなさい。お嫁さんに嫌われるわよ」
「私が嫌われる理由なんてどこにもないじゃない!」
その日から、義母は真子さんとの交流を一切断った。ひどい姉だと、その晩は陽一に泣きながら3時間も愚痴っていた。呆れてリビングを出て行く梨花を横目で見て、勝ち誇った顔をしながら。
前から何かと張り合ってくる義母だとは思っていた。しかし、結婚記念日のディナーの日からどんどんエスカレートしている気がする。それは、指輪をもらった梨花への嫉妬なのだろうか。
一週間後。仕事から帰ってきた陽一は、小脇にティファ二―の紙袋を抱えていた。
「ちょっと、どうしたの…?」
驚いて梨花が声をかけると、陽一は気まずそうに「ちょっとね」と言うばかり。
「何買ったの?」
「あー…あの」
陽一はしどろもどろしながら、紙袋の中身を見せてくる。そこには空っぽの指輪ケースが入っている。
「ケースだけ?」
「…母さんに、梨花に買ったのと同じ指輪を買ったの」
「は…?」
バタバタと階段を上る音が聞こえる。ノックもなしにリビングのドアがあき、梨花がもらったものと同じ指輪をつけた義母が入ってきた。
「陽ちゃんどう?似合ってる?」
「うん、母さんも似合うね」
「ネックレスも、いいでしょう?ありがとうね、陽ちゃん!」
義母はそのまま陽一に抱き着き、陽一は「どういたしまして」と笑顔で答えた。
「ネックレス…?」
驚いている梨花を見て、陽一は静かに口を開いた。
「母さんが、梨花のつけてる指輪がほしいって言うから…。あと最近ネックレスもほしいんだって言ってたから、それも一緒に」
「は?」
「うふふ、ごめんなさいね梨花さん」
真新しい指輪とネックレスを身につけてニヤリと笑う義母の顔は、梨花の心にまるで槍をつきつけているようだった。
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