蒸し暑い夜が続きますね。いよいよ今年も、暑い夏がやってきました。そんな夏の暑さを和らげるものと言えば…そう、怖い話。
怖いものと言えば、あなたは何を思い浮かべますか?古くから怪談が語り継がれてきた日本では、「お化け」をあげる人が多いかもしれませんね。ただ私は、お化けと同じくらい、生きている人間も怖い部分があると思っているのです。
そこできょうは、私が見聞きした「人間の怖い話」を、みなさんにお裾分けしましょう。
2番目の女
まずは、私が実際に経験した話を紹介します。
ハタチごろ、北海道に住んでいたときの話です。当時付き合っていた彼は地方出身で、ひとり暮らしをしていました。近所には同じ地方から引っ越してきた男友達である竜一が住んでいて、私の彼の家で3人でよく鍋を囲んだり、ゲームをしたりしていました。
竜一は女癖が悪くて、浮気っぽい人でした。ただ私も彼もそういうのに関わるのは面倒で、あまり恋愛事情には突っ込まないようにしていたんですよね。竜一自身の問題ですし。まぁ、あまり女性を傷つけるのはよくないよと言ってたんですが…。
その日は土曜日だったかな。かなり遅い時間になっても蒸し暑く、彼とふたりでコンビニへアイスを買いに行きました。そしたら竜一が、誰かとコンビニの前で電話してたんです。ちょっと困ったような顔で。
何かあったのかと聞くと、また彼女に二股がバレたんだと笑って話してきます。
ただ最近の竜一はようやく本命の彼女ができたようで、その子1人に集中したいと思っていたようでした。だから「終わり方はこんなんだけど、これでやっと1人の子と付き合える」だなんて言ってました。私たちもまあ、竜一が改心するならそれでいいかと思いました。
コンビニでアイスを買って彼の家に帰っていると、突然お腹が痛くなった彼が、先に走って家まで帰ってしまいました。竜一が「俺が送るから、お前は急いでトイレ行けよ!」と彼に言ってくれたんです。
夜道を竜一とふたりで歩いていると、目の前からゆっくり自転車で近づいてくる女の子がいました。こんな時間に女の子ひとり、しかも無灯火。危ないな大丈夫かなと思いましたが、彼女はそのまま私たちの横を通り過ぎていきました。
ゆっくり、自転車のタイヤが回るカチカチカチという音だけが、夜道に響きます。すると竜一が、
「やばいかも」
と漏らして、私の手を取って走り出したのです。
「いまの子、さっき振った二股相手かもしれない」
走りながらそう説明する竜一の顔には、おそらく暑さのせいだけでない大量の汗。“元カノ”になったばかりのその子は、付き合っているときから嫉妬や束縛が激しかったらしく、ちょっと精神的に不安定な一面もあったようです。先ほどでの電話でも「私を1番にしてくれないならお前を呪ってやる!」と叫んでいたのだとか。
「もしかしたら、冗談じゃないかも」
なんとか彼の家について、急いで部屋のドアを閉めました。彼の家はアパートの2階で、オートロックなどはついていません。だからドアのカギをしめたあと、私はしっかりチェーンもかけました。
トイレから出てきた彼は「なんで竜一までいるんだよ」と驚いていましたが、事情を話し、今夜は竜一も彼の家に泊まることに。
その日は夜中までとにかく蒸し暑かった。私たちが住んでいたころの北海道は、まだエアコンが普及していなかったので、当然この部屋にもエアコンはありません。そのため仕方なく私たちは、リビングの窓を開けることに。窓は大通りに面していて、外の音がよく聞こえます。
突然の出来事に当初は怯えていたものの、3人でバカ話をしながらやり過ごしているうちに、いつの間にか竜一の元カノのことをすっかり忘れていました。だいぶ夜も更けたし、もう寝ようか。電気を消して、真っ暗な部屋。開け放した窓からは生ぬるい風がじんわりと忍びこんきます。しばらくすると、外からカチカチカチカチ…という音が聞こえてきました。自転車の音です。
カチカチカチ
ゆっくりゆっくり、自転車が近づいてきます。そこで私はハッと思い出しました。これはさっきの自転車の音ではないかと。
カチカチカチ
顔を上げて暗闇のなかで目を凝らすと、同じように起き上がって固まっている竜一がそこにいました。声を殺し、互いの耳元で話します。これは、やばいのではないかと。静かにしておこうと。
すると彼が突然「竜一、まだ起きてるの?」と、普段の会話のトーンで声を掛けてしまったのです。慌ててシーっと彼の口をふさぎます。状況に気づいた彼が、やばいという顔で竜一に謝ります。窓が開いているから、しんと静まり返った外にも声が漏れてしまうのです。
もう、カチカチという音は聞こえません。彼がこっそり、カーテンの隙間から外の様子を伺います。そこには自転車が一台止まっているだけ。人の姿はありません。
怖くなって、ゆっくり窓を閉めました。外の音が聞こえなくなった代わりに、次はアパート内の音がよく聞こえるようになります。
隣の住人がテレビを見ている音、どこかの部屋でトイレの水を流している音、私たちの呼吸、そして、誰かが廊下を歩く音。
ペタペタという足音が、廊下から確かに聞こえてきます。思わず息をのみました。これは、たぶん竜一の元カノだなと。どうか部屋がバレていませんようにと、願うしかありませんでした。
「俺、見てくる」
竜一が立ち上がって玄関の方に向かいます。のぞき穴から外を見てみるというのです。竜一がのぞき穴をのぞくまで、しばらく沈黙が流れます。扉の前に立ち、小さく深呼吸をして、のぞき穴に顔を寄せます。
「ひっ…!」
なぜ竜一が驚いたのか、私にはすぐにわかりました。元カノが、廊下に立っているのです。そして竜一の声に気づいたのでしょう、扉の向こうから話しかけ始めます。
「いるんでしょ、竜一。開けてよ」
想像以上に落ち着いた、静かな声。
「女も一緒にいるんでしょ。殺してやるから出しなさいよ」
声のトーンと裏腹に、恐ろしい言葉が流れでます。先ほど一緒に歩いていた私のことを、本命の彼女だと勘違いしてしまったようです。違う!と訂正したくなる気持ちを、グッと抑え込みます。
「なんで私がいちばんじゃないの?どうして私を一番にしてくれないの?ひどいよ!ひどいよ!」
声はどんどん大きくなっていきます。そしてしまいには、深夜のアパート中にそれが響き渡りました。
「開けてよ!私のこと1番にしてくれないと呪うって言ったでしょ!一生呪い続けてやるんだから!」
ダンダンダンダン!彼女が足を踏み鳴らします。ダンダンダンダン!
竜一も恐怖を感じているのでしょう、その場から一歩も動きません。後から聞いた話ですが、このとき女は何かを握りしめていたようです。それが刃物だったのか…いまとなってはわかりません。
女の叫び声とドアをたたく音。足を踏み鳴らす音。3分ほどでしょうか、異常な音がアパート中に駆け巡りました。
「うるさいぞ!」
突然、男性の声が廊下に響きました。ほかの住人がドアを開け、廊下にいる女へ怒鳴ったのです。するとすぐに女の声が止みました。注意してくれた住人に危害が及んだらどうしようかと思いましたが、怒鳴り声が終わると同時に、ドアを強く閉める大きな音。おそらく女の注意がそちらに向かう前に、その住人は部屋へ引っ込んだようです。
動悸が胸から耳まで駆け上り、周囲の小さな音がよく聞こえません。女はまだ、この部屋の外に立っているのだろうか?また叫び出したら?息を潜めて縮こまっていると、カチカチカチカチ…というあの音がまた聞こえました。
そっとカーテンを開けると、もう自転車はそこにありません。締め切った部屋の中で、私たちは大きなため息をつきました。暑かった、しんどかった。
「ごめんな、ふたりとも。俺のせいで迷惑かけて」
「まじで浮気はもうやめろよ、人を裏切った恨みは怖いぞ。ああ怖かった…」
「私、窓開けるね」
蒸し暑い部屋に新鮮な空気を送りたくて、私は窓を開けました。そのとき気づいたのです。道路の向こう側から、自転車に乗った女がこちらをじっと見ていることに。