こんにちは。神戸メンタルサービスの平です。私はセラピストとして20年以上活動し、年間60回以上のグループ・セラピーを、またこれまでに約4万件の個人カウンセリングを行ってきました。
私たちは、えてしてわがままな恋愛をしがちです。
わがままな恋愛?そう、あなたは彼のことを大好きだと思っているし、実際その気持ちの純粋さに偽りはないでしょう。
しかし、「愛しているから」という大義名分があれば、なにをしてもいいと思っていないでしょうか?
たとえば、あなたの母親が子どものことを愛しているからという理由で、しつこく干渉してきたり、自分の趣味を押しつけてきたりしたとしたらいやですよね。
パートナーシップもそれと同じです。相手には相手の好みやスタイルがありますから、あなたが「よかれ」と思ってしたことが喜ばれるとは限らないわけです。
「喜び」になるのか、「おせっかい」になるのか
これは、私自身も思いあたります。私はけっこう旅慣れていますし、日本全国のいい旅館やホテルをたくさん知っています。
すると、うちの子どもたちがどこかに旅行することを計画していたりすると、ついつい口出ししたくなるわけですね。
「このホテルはおすすめだよ」とか、「どこそこに行ったら、これを食べるといいよ」とか。
悪気はまったくありませんし、子どもたちにも最高の体験をしてもらいたいと思うので口を出すわけですが、妻からは「パパ、黙っておきなさいよ」とたしなめられたりするわけです。
子どもたちが自分自身で考えて、自分自身で選択して、体験をしたほうがよいということですね。
たしかにその通りで、行ってみたらろくでもないホテルだったとか、「あそこに行っておけばよかったな」と後悔するとか、そんなことも体験しながらどんどんリサーチ上手になっていったりするんですよね。
パートナーについても、あなたがどれだけ愛していたとしても、その愛し方がパートナーにとって喜びになるのか、おせっかいと感じられるのか、それはパートナーが決めることなのです。
私たちは「愛しているから」という理由のもとに、相手をなにかとコントロールしたくなったり、自分のやり方を押しつけたくなったりするようです。
あなたの気持ちがちゃんとパートナーに伝わっているのか、パートナーの喜びになっているのか、ただのおせっかいになっているのか…。
そこは、あなたも少し意識して、チェックしてみたほうがいいでしょう。
看病が原因で別れたカップルも…
ある女性は、昔つきあっていた彼がインフルエンザに感染したとき、「看病しなくては!」と彼の家に駆けつけました。
ところが、「来るなと言っただろう!」と激しく拒絶され、大喧嘩になってしまったのです。
彼女は、「病気の彼には看護が必要だ。自分がそれをするのが愛だ」と思いました。
一方、彼はそれほど重篤ではなかったので、たいがいのことは自分でできましたし、そもそも自分のインフルエンザを彼女にうつすわけにいかないと思っていたわけです。
で、「ぼくはインフルをきみにうつしたくないし、もしもうつしてしまったら、自分をひどく責めてしまう。そんなことしたくないんだよ」と説明しました。
しかし、彼女は「これが私の愛だから」と聞く耳をもたず…。結局、このことが原因でふたりは別れてしまったのです。
愛なのか、ただのおせっかいなのか…。ちょっと立ち止まって考えてみることは、ふたりのために大事なことと言えそうですよ。
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