地元の若者が「nomi」に集まり始める
チェックイン機能を集約化させたラウンジには、飲食店が隣接していると書きました。この飲食スペースは当初、8:00~11:00のモーニングと、19:00~23:00のバータイムに営業時間が限られていました。
「ベッド・アンド・クラフトでは、地域にお金を落としてもらうために、食事を宿泊と切り離してきました。うちが飲食店を本格的に出してしまえば、地域のお店とバッティングしてしまいます。そこで、朝と夜しか営業をしないようにしました」
しかし、程なく山川夫妻は、ランチ営業のスタートにもかじを切ります。その理由は主にふたつあって、ランチについてはもともと宿泊者が地元の飲食店で食べてくれる傾向が強かったから。
もうひとつは、地元の人たちから「BnCは宿泊者にしか開かれていない」という印象を持たれていると感じたからなのだとか。
その結果、次第にうわさを聞きつけた地元の南砺市(井波地区を含む自治体)の人々が、訪れ始めます。特に若い女性が多く、「こんなに南砺市に若い女性が居たの?」と驚くくらいだとか。女性客はSNSで「映える」写真をすかさずシェアします。そのうわさがさらにお客を呼ぶため、nomiは上々のスタートを切っているみたいですね。
「みんなが健やかに暮らせればそれでいい」
ベッド・アンド・クラフトのプロジェクトとして、2019年10月8日には(直営ではないものの)新しい宿もオープンします。地元では格式の高い料亭として知られていた日本庭園付きの『金中(きんなか)』の建物を、「KIN-NAKA」「MITU」「TenNE」と独立した3つの空間に分割し、それぞれデザインの異なる室内に旅行者がステイできるように、山川夫妻が木彫刻家、陶芸家、仏師などの職人たちと一緒に設計しました。
聞けば複数の部屋を借りると、秘密の隠し扉が出現する仕掛けもあるそう。何につけ遊び心を忘れず、物事に柔軟な姿勢で取り組む、不確定要素すらニュートラルに楽しんでいる感もあるふたりらしい工夫だと、聞きながら感じました。
さらに、「中京銀座」を作るというユニークなプロジェクトも進行中です。nomiの「裏」には、軽自動車が1台ぎりぎり通れるくらいの路地があります。京願町と中新町の間を通る道で、名前は中京通り。
この路地を「中京銀座」と名づけ、まちづくりの核となる分かりやすい中心エリアを作る計画があるといいます。「アーケードでもつけましょうか」と言って智嗣さんは笑っていましたが、すでに通り沿いに4人の移住者が決まっていて、古民家を改築し出店する計画も進んでいると教えてくれました。
かといって、こうした計画を自分たちだけで全て独占して行おうという意識は、全く持っていないと言います。
極端な話、人に喜んでもらえる空間が作れるのなら、本業の設計も人に頼んでしまって構わないのだとか。一般的な建築家の「出世コース」にはもはや興味がなく、かつて建築を学んだ同級生たちと飲んでいても「悪酔いする」と山川さつきさんは笑っていました。
「何かやりたい」「チャレンジしたい」と頼ってくる人にも、惜しみないサポートを与えたいと語ります。その一環として、nomiの2階にコワーキングスペースのような空間も設けられました。「入居者」のプレートもすでにいくつか飾られています。
「金もうけが目的なら、上海でやっています」「最近、身近に大病をする人が多かったので、みんなが健やかに暮らせればそれでいい」というふたりの言葉通り、行きつくところの目標は、「井波でみんなが健やかに幸せに暮らせればいい」という境地にあるのだとか。
歴史好きであれば、きっと「名もいらず、官位も金もいらぬ人は、始末に困る」という幕末の巨人、西郷隆盛の言葉が思い出されますよね。しかし、南洲(西郷隆盛の号)も認める通り、この「始末に困る人」でなければ、国家の、あるいは地域の大業は成しえられないのかもしれません。
智嗣さんは「何をするにしてもハードルが高い東京などの都会ではなく、井波で自由に活躍したいという人が集まればいい」と語り、新たな移住者を大歓迎しています。
何か大都会の生活に行き詰まりを感じている人は、旅行を兼ねてベッド・アンド・クラフトの宿に一度泊ってみてはどうでしょうか。心をニュートラルに、目の前の出来事に身をゆだねて、感性の導きに従っているうちに、旅の途中、あるいは最後で人生を変える何かが起きるかもしれませんよ。
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- ※初出:2019/09/21・TRiP EDiTOR
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