「脱毛サロンなんてお金の無駄だよ〜」と、体毛の薄さを自慢するように話していたのが大学2年生のころ。
友人とふたりで食事をした夜、脱毛サロンに通って100万円使ったという話を聞いた。ただ体の毛をなくすだけで100万円。私が抱いた純粋な感想であった。
体毛が他人よりは薄く、自己処理だけで済ませていた私は、友人の脱毛サロン話の費用対効果がとてつもなく小さく感じ、「コンプレックス商法だ…」と脱毛サロンに通う人を半分宗教にハマった人のような目で見ていた。
…が、そんな私は最近脱毛サロンというものに興味を持ち出している。
きっかけは、私が勤めているリラクゼーションサロンでの出来事だ。お客様の施術をする際に、背中にオイルを塗る。その瞬間、背中の脱毛をしている人の肌の滑らかさに感動したのだ。
脱毛をしている人の背中は柔らかく、オイルが滑り落ちるように広がっていく。マッサージしているこちらも心地よくなる肌感だった。もちろん、脱毛していなくてもきめの細かな肌をしている人もいたが、全身脱毛のお客様のお肌は歴然。びっくりするほどに美しかった。
同僚に思わず、「脱毛してたりする?」と聞いてみると、私以外全員が脱毛サロンに通っていた。愕然とした。
体毛をなくすことにお金をかける人がこんなにもいたのか、私が大学生のころより安価な脱毛サロンが増えたにしろ、私の脱毛観はひとむかし前のものなのかもしれない、そう思った。
脱毛というものに興味が出てくるこの感じ。久しぶりの感覚に自身の体毛をめぐる過去が蘇ってきた。
ツルツルのスネがほしかった、9歳のころ
さかのぼること16年前。小学3年生のときに、人生ではじめて体毛を気にした。
ダンスの習い事をしていた私は、そこのダンススタジオで最年少だった。
一緒にダンスを習っていたのは年上の女の子たちばかり。いまでは気にならないが、そのころは1、2歳年上のお姉さんたちを自分よりもずっと大人っぽく感じ、憧れを抱いていた。
ストレッチを自主的に行いながらお姉さんたちと話していたとき、2歳年上のお姉さんがふと長いズボンの裾を捲り上げたのだ。私はあらわになったスネの美しさに驚いた。
自分のスネには毛があるのに彼女のスネには毛がない。ショックだった。自分のスネが“男の子みたい”だと思ったからだ。頭に浮かんだのは、お父さんのスネ毛や担任の先生が体育の時間に短パンから見せているスネ毛。自分のなかにある圧倒的な男性性を、自分の身体に感じてしまった。
ときは同じくして、学校での出来事。クラスに反りの合わない女子がいた。私はおませな性格でおしゃれや美容に興味があったしテレビっ子。彼女は勉強熱心でおしゃれに疎くテレビなんて見ない子。そして彼女は太い眉毛を蓄えた体毛の濃い子であった。
そのころの私は、彼女の膝丈のズボンに膝丈の靴下というなんとも言えないファッションを理解できず、一方の彼女も私のミニスカートを「ワカメちゃん」とバカにしていた(共通点は気の強さである)。
そんな彼女がある日、膝丈のズボンにくるぶしソックスを合わせてきた。やっとおしゃれを気にするようになったかとふと足をみると、ツルツルのスネが見えるではないか。私は衝撃を受けすぎて言葉を失った。あのびっしりと生えた体毛はどこにいったのだ。
幼いながらに気を使いながら、「お肌キレイになったね!」と言ってみた。すると彼女は察しがついたと同時に、誇らしげに「毛を剃ったの。女の子だから」と顔を斜め45度に上げて言い放ち、私の足へ目をやった。おわかりのごとく、わたしの足には毛があった。