ある水曜日の午後2時。JR恵比寿駅のアトレをぷらぷらと歩いていた。午前中に3時間だけ仕事をし、時間を持て余していたのだった。
家に帰るにはまだ早い気がするし、だからといってお金は使いたくない。
最近、仕事の形態が変わり、社会人になってはじめて自由な時間が増えた。拘束されない働き方は私に自由を与え、その自由が不自由さを生んでいるとつくづく思う。
ふと、エスカレーター近くに設置されたベンチに腰掛け周りを見渡すと、ほかのベンチは40代〜60代の女性で埋まっていた。
このベンチに座っている私を含め、5人の女性たちは皆、どう考えても時間を持て余している。私に関しては仕事をやろうと思えばタスクはあふれていて、それを見て見ぬふりしている節があるのだが、私以外の4人は手持ち無沙汰でぽつんとそこに座っているように見えた。
それは、忙しない時間の流れをまとった恵比寿の空気からは浮いているような、弛緩(しかん)した雰囲気から容易に想像できたのだった。
26歳の私は、女性にはやりたいことと、やらなくてはならないことであふれていると思っていた。
いまだ女性のものとされる傾向がある家事育児、そして仕事、健康や美容のためのセルフケア、友達と過ごす時間。そのなかから優先順位を決めて 「やらなくてはいけないこと」をこなしていく。
けれど、やらなくてはならないことをやっているうちに長い時間が過ぎ、「やらなくてはいけないこと」がなくなった瞬間、何をしていいのかわからなくなるのではないだろうか。彼女たちの姿はそんな自由の不自由さを体現しているようだった。
婦人画報によると、40代〜60代の女性のうつ病がもっとも多いという。更年期障害の影響もあるが、育児などがひと段落して「やらなくてはならないこと」がなくなってしまったことによる孤独感も、原因のひとつなのだ。
そんな現代の日本で最近注目されている言葉が、『セカ活』だ。今回は、人生100年時代を生きる40代〜60代の女性のこれからの生き方やこの『セカ活』について考えていきたい。
メインディッシュをもう一皿。『セカ活』とは
『セカ活』とは、子どもが結婚したり仕事の定年期となったりと忙しなかった時期が一旦区切りを迎え、女性たちがこれからの人生をどう幸せに過ごすかセカンドライフを考える活動のこと。
一旦区切りがついたタイミングで、資格をとってまた新しく仕事を始めたり、昔はやりたかったけれど日々に忙殺されやれなかった好きなことをやったりと、まさに歳をとっても若々しい現代人の新しい生き方だ。
一昔前は子育てが終わったら・定年したら人生のメインディッシュは終わりで、それからの人生は締めのデザートを少しずつ食べるような老後が待っているという考え方が一般的だった。
しかし健康寿命が伸び定年後も働くことが必要になってきた現代では、2つ目のメインディッシュまで食べられる時間的な余裕が生まれ、セカンドライフを考えることができる世の中になったのだと思う。
特に現在の40代から60代の女性においては、結婚や子育てを機にキャリアを途中で絶ってしまったという人も少なくない。
そんな女性たちにとって『セカ活』は、これからの人生でキャリアをまた新たに作るか、新しいことに挑戦してみるかを考えられる、なくてはならないものなのだ。
私のメインの仕事であるアロマセラピストの同僚に、『セカ活』経験者の女性がいる。彼女は20代前半で就職後すぐに結婚し、育児をしながらヨガの講師をしていた。
ヨガの講師としてレッスンを続けるには年齢的な壁があったことと、娘が成人し彼氏と同棲を始めたことなどがきっかけで、アロマセラピストの資格を取得し、現在はフェイシャルトリートメントを中心にアロマセラピストとして仕事をしている。
はじめて彼女と出会ったとき、「子育てを終えた女性には見えない」というのが私の正直な感想だった。セラピストとして途切れることなくキャリアを積んできたように見えたのだった。
その理由は、私の思っていたセカンドキャリアの生き様とは違うということだ。
彼女に出会うまでイメージしていたセカンドキャリアは、ひとつ目のキャリアを終え、時間に余裕があるなかでの仕事であり、正直にいえば私たちの働き方とは意識のうえで違うものだと思っていた。
20代の私たちがキャリアアップを考えたり、仕事の優先順位を第一にして生活したりするのは当たり前だけれど、セカンドキャリアでは生活と仕事が切り離された場所にあり、上昇志向を持つというよりは、余裕のある時間を仕事で埋めるのだと思っていた。
先ほどの例えでいえば、人生のメインディッシュを終え、デザートを食べるときのような、ハングリー精神を持たないゆったりとした仕事のやり方なのだと思っていた。
けれど彼女は、セラピストの仕事をイキイキと私たちと同じようにやっており、個人での開業を目指していた。そしてこれから年齢を重ねたときのために仕事をしながらスクールへ通い、フェイシャルトリートメントというセラピストの体に負担が少ない座位でできる技術をより深く学んでいた。
いままでのセカンドキャリアやセカンドライフについての情報の多くは、悠々自適な余裕のある働き方や生き方を推奨するものが多かった。
たしかに、忙しく働いていた分、これからはゆったりと過ごす時間を持ちたいと思う人もいるだろうし、体力的な側面から見ても無理をしない過ごし方を選んだほうが懸命に思えるかもしれない。
けれど、いままで忙しく生きてきたのに、ゆったりと過ごせと言われても返ってそれがストレスになってしまうということが、現在の日本において多くの人が悩んでしまうことのひとつなのかもしれない。
現在ではセカンドキャリアでの起業やキャリアアップを目指す形をとる女性たちも増え、デザートどころではなくアグレッシブにメインディッシュのステーキをもう一皿食べるようにセカンドライフを生きている人は少なくない。
セカンドという言葉にとらわれず、金銭的にも余裕ができた40代〜60代で、人生の一大イベントとなるものに挑戦することも現代ではありなのだと考えられる。