幸せになるために、主張する大切さ
娘の心への負担を考えても、年長さんのときに移動するより、年少さんのいまの方がベストだとも判断しました。
結局、年少さんの10月半ばくらいから学校探しを始め、11月後半に方向性が決まり、12月末に保育園を退園。園には、夫の仕事の都合という理由でお話をしました。
翌月1月6日には県外に引っ越し。「こうする」と決めてからとてもハードなスケジュールで動いていました。
夫の新しい仕事が決まったのも、引越し先が決まったのも両親に話を切り出したのもすべてが12月の出来事。それでも、すべての物事は順調に流れていました。
何より「1番手強い」と思っていた両両親への話がとてもスムーズであったことには驚きました。両親たちには、すべてを語ってはいません。でも「それでよかったんだな」ということもこの体験を通してわかりました。
というのも、これまでの私たち夫婦のあり方は、「常に相手(この場合は両親)に理解してもらうためにどうするか?」といったスタンスだったから。
どうしたら相手に理解してもらえるか。どうしたら相手に認めてもらえるか。でも、これだと全然うまくいかないのです。むしろ話はこじれていく。なぜなら、認めるか認めないかって相手の問題だからです。
このスタンスが間違っていた。自分たちの主張を通したかったら「自分たちの思いを実現させるために、どう進めるのがよいか」と考えるのがもっとも大切なこと。
だって、これからやろうとしていることは、ほかでもない私たちがより幸せになるための行動だから。
わざわざ波風立てるようなことをする必要はまったくないし、抵抗が起きるような話を持ち出す必要もないのです。思いを実現させるために、そしてそこに揺るがない思いがあれば、1ミリの迷いもなければ、物事はスムーズに動く。これが、1番最初に移住したときに体感した思いでした。