一生結婚しないかもしれない…
「そっかー。ところで、いい人は見つかった?」
「いい人って?」
「こういうところっていろんなお客さんが来るからさ、出会いとかあるのかなって」
「ないよ、全然。お客さんだからあまり踏み込み過ぎてもいけないし、かといってよそよそしくするわけでもないけど」
「へぇ、そういうもんなんだね」
「常連さんでけっこういい感じの人がいて、この前食事に誘われたんだけど、その人既婚者だったし。行く前にわかってよかったよ」
「既婚者?ないわー」
早希はすっとんきょうな声をあげた。
「そいつ、もう来ないの?真依子が断ってから」
「それが、全然来るんだよね。何事もなかったような感じで」
「そういうこと言えちゃう奴ってあつかましいからね、往往にして」
「まぁ、大事なお客さんですから」
真依子は最近、自分は結婚しないのかもしれない、と思うことがある。異性との交流といえばお客さんや同業者の知り合い、商店街の人たち程度で、どれもいまのところ、とくに恋愛に発展しそうな気配はない。
それに、いまの自分は恋人とか結婚相手とか、子どもがほしいのかも「よくわからない」というのが正直なところだ。もう少し歳を取ったら考えが変わるのかもしれないけれど。だが、いますぐに相手がほしい、というような強い衝動はないし、結局のところほんとうにほしいものならば、とっくに自分から取りに行っていると思うのだ。
「もしかしたら将来、おばあさんになって、ひとりここで死んでるかも」
「え、最高じゃん。好きな場所で死ねるなんて」
早希はモンブランを頬張りながら、間髪入れずに言う。
「もし私と連絡がつかなくなったら、死んでないかお店を見に来てね」
「わかった、約束する。そしたらここ、事故物件だね」
早希は、子どものような表情でにやりと笑った。くだらないことを言い合える友達がいて、よかった。
ある店の定休日、真依子はひとり車を運転してでかけた。ここ最近、休みの日はよくこうしている。仕事でずっと室内にいるぶん、休みの日は違う環境へ身を置きたくなるのだ。行き先は、いつもなんとなく決める。きょうは、海の近くにある温泉へ行くことにした。
施設自体はきれいで、内湯と露天風呂があり、人はぽつぽつといる程度でうるさくない。露天風呂は誰もおらず、真依子ひとりだった。海のほうから流れ込んでくる冷たい風を感じながら熱いお湯に浸かっていると、自分のなかのモヤモヤとした気持ちとか、ぼんやりとした不安とか、そういうものが蒸発していくような気になった。