形骸化する制度
このように制度をつくっただけの状態では、制度が形骸化(けいがいか)されるばかりです。
制度を設けてしまえば、福利厚生として対外的なアピールにはなるでしょう。しかし実情が伴わなければ、優秀な人材が入ったとしてもギャップを感じ、従業員満足度を下げてしまうことになります。
最終的には企業のためであっても、「この制度は誰のためのものなのか」という視点を持ってほしいものです。
「従業員」という人格なんてありません。必要なのは、もっと細分化された個人に目を向けることです。
2020年から一般的になったテレワークを例にしても、業務内容によって出社したほうが働きやすいかたがいる一方、自宅で集中した方が業務効率が上がるかたや家事や育児のためにテレワークを選びたいというかたもいます。
これはどちらの主張が正しいというわけではなく、さまざまな主張を受け入れ、選択できるようにすること自体が「多様性を受け入れること」なのではないでしょうか。
社内にニーズがない課題も取り組むのか?
新しい制度を導入したり研修などの取り組みを始める際、どうせなら対象の人が社内にいそうなもの、ニーズがあるものから着手するかと思います。
前述にも登場した産育休や介護休暇などの充実がそれにあたり、これらはニーズが可視化されている制度と言えます。
ではニーズがないように見える制度は取り組まなくてもいいのでしょうか。
ニーズを吸い上げにくいもののひとつが、セクシュアルマイノリティに関連する取り組みです。
僕は普段従業員として企業勤めをしているので特に感じるのですが、多くの企業は自分の会社にセクシュアルマイノリティ当事者がいるかどうかよくわかっていません。
それもそのはずで、現状多くの当事者はわざわざ会社に自分のセクシュアリティやジェンダーをカムアウトすることがないからです。
セクシュアリティやジェンダーをオープンにした就職活動はまだまだ少なく、ほとんどの当事者がカムアウトをせずに企業に勤めています。
カムアウトをする社員がいないから需要がないというわけではなく(実際僕も勤めていますし)、制度があれば利用したいという場合もあります。
ここで、僕を例にお話ししましょう。僕は、カムアウトをしていないセクシュアルマイノリティの社員のひとりです。
就業期間中に女性のパートナーとパートナーシップ制度へ申請するとします。男女の婚姻の場合、勤め先は入籍した社員に対し結婚祝い金を進呈しますが、結婚祝い金制度の規約には同性間のパートナシップ制度は含まれていません。
正式にカムアウトをして「パートナーシップ制度でも祝い金を貰えるようにしてほしい」と総務部に言えば検討してくれるかもしれませんが、公にカムアウトをし、要望を出すことはハードルが高いと感じます。
要望を受け入れてもらえず検討されなかったり、断られてしまったらと思うと不安なのです。
僕のカムアウトきっかけではなく会社側から制度の内容を変更してくれたら、「受け入れてもらえるかも」とある程度安心してカムアウトをすることができるかもしれません。
しかし現状そうではないので、パートナーシップ制度を利用したとしても祝い金は諦めようと思っています。
僕のように「制度がないからはじめから諦めている」というかたは、ほかの制度においてもいるのではないでしょうか。
制度を設け、周辺環境を整えれば利用したいという人が出てくるかもしれません。なので利用したいときに必要な人が制度を利用できるように設けておく、という考え方のほうがいいように思います。