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電話口、涙声で訴える母。ぼくが「親からもらった大事な体」にメスを入れる理由
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一昨年、フリーランスの物書きとしてやっていくことを決めたタイミングで、右腕に猫のタトゥーを入れた。眼だけ鮮やかな赤色の、シンプルなデザインのもの。これを彫った瞬間から、ぼくの体は晴れてぼくだけのものになった。

でもそれを、父はまだ知らない。あの男はいまもなお、ぼくを自分の体の一部だと勘違いしたままなのだ。滑稽なことに。

ぼくの性の在り方は「ノンバイナリー」に該当する。男女どちらの枠組みにも、ぼくの心は当てはまらない。男女のエッセンスがそれぞれ1、2滴ずつ入っている、限りなく無性に近い両性。それが、「ぼく」だった。

「パパ、あんたが改名して胸も取るって聞いて、悲しがってたで。せめて親からもらった大事な体に傷付けるようなことはやめてくれんかって、泣きながら言ってたんやで」

電話越しに自らも涙声でそう訴えてくる母に対して、しかしながらぼくの頭に思い浮かんだのは「知るかよ」の4文字それのみだった。

※本記事では子どもへ向けた心体への虐待表現があります。ご注意ください。

親からもらった、大事な体?

image by:Unsplash

幼少期からの暴力をともなう苛烈で執拗な「教育虐待」、その地獄からなんとか這い出したぼくは、シス男性との法律婚によって父親の戸籍から正式に抜けた。

あの父と、「家族」ではなくなった。似たような境遇に置かれているだれかの、生き延びるための手がかりになりたい。その一心で、現在はライターとして自身の被虐待体験を綴っている。

30歳を目前に控えたぼくは、「女性として生きること」そのものにもう耐えられなくなっていた。この世に産み落とされたその瞬間から自分の身体に馴染めず、可愛らしく女性らしい響きの本名をいつだって憎悪していた。

「男性」になりたい、と思ったことは一度もない。ただぼくは生まれたときから、「女性」ではなかった。自分が何者かもわからず混乱の渦の10代をくぐり抜け、大学でジェンダー論を専攻したぼくは、そこで初めて「ノンバイナリー」という言葉に出会う。

「男女二言論の枠組みに捉われない性別の在り方」。講義で配られたレジュメには、そんな説明が記載されていた。

これだ、とすぐに思った。その瞬間に、走馬灯のようにこれまで感じてきた心と体のズレが脳内に駆け巡った。

初潮が来たあの日、ぼくはまだ10歳で、保健体育でそれについて教わるずっと前だった。でもぼくは、読んだ本で知っていた。身体が「女性」になること、「産む性」に変わること。

てっきり父も母も、いや母だけは、うっすら勘付いていると思っていたのだ。ぼくが純然たる「女の子」ではないのだろうと。けれども驚くべきことに、彼らはこれまで一度たりとも疑いすらしなかったらしい。後ほどそう聞いて、心底がっかりしてしまった。

ぼくがいったい何を好きで、何を嫌いで、どう考え、どう感じ、どう思うのか。この人たちはそんなことには1ミリも興味がなくて、ぼくの成績ただそれのみしか注視してこなかったのだ。

結局のところ、彼らはぼくの本質を見ようともしていなかった。それでもなお、自らを親だと主張するのか。長年性別違和と闘い続け、やっと自分らしい身体を取り戻そうとするぼくを、「親からもらった体に傷をつけるのか」と責めなじるのか。

「その『親からもらった大事な体』をサンドバッグみたいに殴って蹴ってたのは、親であるあなたたちだけどね」

嫌味はあらかじめ用意してたみたいに、口からとうとうと流れ出た。

「自分たちが産み出したものだから、自分たちだけはいくらでも傷つけていいって?それは正当な権利だって?そう言いたいわけ?」

母親は電話口で幼子のように慟哭(どうこく)し始めた。それが耳障りで、ぼくはぶちりと通話を切った。

iPhoneをそのへんに放り投げ、ソファーベットにぼすんと倒れ込む。呼吸が浅くなり、ひゅうひゅうと喉が鳴る。苛立ちと哀しさと虚しさが、いっぺんに身体を襲う。

これはまずいなと思ったので、重い身体を引きずってキッチンに向かい、どうにかこうにか頓服薬を水で流し込んだ。久方ぶりにそれに頼った悔しさで、ぼくは思わず舌打ちをした。

邪魔をしないでほしい。ぼくはもう、あなたたちの手元を離れ、愛する人と平穏な生活を手に入れたのだ。ぼくに二度と関わることなく、知らないところで生きて、そして死んでほしい。

…そこまで思って胸に広がるのは、いつだってえも言われぬ罪悪感だ。ぼくは母を、父ほどに憎みきれてはいない。

夫が可愛いねと褒めてくれるもこもこした素材の部屋着の袖を、肘のあたりまでまくり上げる。そこにひっそりと息づく、赤眼の猫。そのしなやかな身体のラインを、たしかめるように指でなぞる。

「親からもらった大事な体」ね。そんなものはすでに、もうこの世にはない。タトゥーを入れたその瞬間から、この体は正真正銘ぼくだけのものになった。

それを知ったら、母は悲しいと咽び泣くのだろうか。父は激昂し、拳を振り上げるのだろうか。

馬鹿みたいだ。あんなに「殺すぞ」「死刑だ」と呪詛(じゅそ)を吐いていたくせに、どのツラ下げて父親風を吹かそうというのだろう。そして律儀に改名と胸オペの報告をしたぼくは、それ以上に馬鹿だった。

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チカゼ

92年生まれ。エッセイスト・ライター。修士(学術)、ジェンダー論専攻。ノンバイナリー(they/them)/日韓露ミックス。教育虐待サバイバー。ヤケド注意の50℃な裸の心を書く。Twitter:@ckz46

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理工大学で4年生をカットし、飛び級で理工大学院に入学。物事をロジカルに考えるのが得意。かつて敏感肌だったことから、化粧品成分に興味をもつ。また、実験が好きで、化粧品の効果を独自に実験し、検証。

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Honoka Yamasaki

ライター、ダンサー、purple millennium運営。
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垣屋美智子

日本生まれ香港育ち。香港で高校を卒業したのち、単身渡米、University of California, Berkeley卒業。主な著書:「使えば増える! お金の法則 ―ワクワクしながら資産づくり」(時事通信社)。主な連載:「使えば増える! お金の法則 ―ワクワクしながら資産づくり」(cakes, 2018年~)

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朝日美陽

日本大学芸術学部演劇学科演技コース卒業。卒業論文でLGBTQ +と表現について研究し、文章の仕事に興味を持つ。現在フリーランスでライターとして活動中。

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大和まや・ゆうきゆう

精神科医・心理研究家。あらゆるジャンルの心理学を極めた、セクシーな精神科医たち。あやつる心理学のスキルは1000を超える。「ゾクゾクしなければ人生じゃない!」がモットー。趣味は瞑想と妄想。特技はスノーボード。

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久野浩司

マリッジ・ライフデザインコーチ/オールアバウト恋愛ガイド

カナダ・バンクーバー在住。音楽プロデューサー、留学関連などパラレルワーク実践中。anan、ELLE、BAILAなど女性誌でもコメンテーターとして活躍。

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伊藤 翠

18歳から30歳までの12年間、ホステスとして18,000人以上の男性を接客。移るお店移るお店でNO.1になり、25歳から30歳まで働いたクラブでは小ママとして勤務。ホステスを辞めた後、男性心理と女性心理の違いや基礎心理学などを学び、大好きな彼から1番に選ばれて、その後もずっと愛され続ける女性になるためのHOW TOをメルマガで無料配信しています。

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