修羅場
「たろちゃぁん」
噂をすれば、その元カノが新郎新婦席までやってくる。相当酔っぱらっているらしい。足元がふらついていた。はたしてそれが本当なのか、演技なのか。
「こんにちは。少しお酒飲みすぎたんじゃないですか、座ったほうがいいですよ」
ヘアメイクとしてそばにいてくれていたあかりが、太郎に近づく元カノをすぐさま阻止する。あかりに視線で感謝を送りつつ、元カノに私はそっと告げた。
「来ていただきありがとうございます。ロビーに休憩できる部屋を用意してますので、そちらでお休みください」
「ええ~なんでですかぁ?せっかくたろちゃんと会えたのにぃ」
元カノはあかりの制止を振り切って、太郎に近づこうとする。
「たろちゃん、私と結婚するって言ってたのにひどいよぉ~!こんな女より私のほうがぜぇったいに可愛いじゃんかぁ!」
元カノが声を張り上げて言うもんだから、新郎新婦席の近くに座っていた人たちが一斉に振り返る。もちろん、親族も。
騒ぎを聞いたスタッフも駆けつけ元カノをロビーに誘導しようとするが、元カノは一向に動かない。無理やり連れていくわけにもいかず途方にくれていると、ふいに太郎の父親が立ち上がった。
ああよかった、お義父さんがなんとかしてくれるかも。
そう思ったのもつかの間、私はとんでもない状況に気づいてしまうのだった。
「お義父さん、すごい酔っぱらってる…?千鳥足、だよね」
立ち上がった義父はよろよろと椅子の背をつかみながら歩き、顔を真っ赤にして新郎新婦席に向かってくる。おでこにネクタイを巻いていてもおかしくないような酔っぱらいっぷりだ。
「お嬢さん、きょうはね、太郎と由紀ちゃんのだ~いじな結婚式なの!だからね、ここどいて!」
「え~?誰、おっさん!キモいんだけど!たろちゃんは私の運命の人なの!邪魔しないで!こんな結婚式ぶち壊してやるんだからぁ!」
なんと泥酔した2人による口喧嘩が始まってしまったのだ。
「私はたろちゃんと運命の赤い糸で結ばれてるの!この女が全部それを奪ってったの!返せ!たろちゃんを返せぇ!」
勢いで殴り掛かってこようとする元カノを、慌ててテーブルから走ってきた利樹先輩が止める。
「ごめん、太郎。本当にごめん」
そのまま利樹先輩は、元カノをロビーに引っ張って連れていこうとする。
「そのまま二度と帰ってくるな!」
その光景を見て、義父も顔を真っ赤にしながら絶叫する。こだわって作ったウェディング会場は、あっというまに修羅場となった。