「売れ残り」になりたくない
次の日、出社した明日香が耳にしたのは、葛城の静かな怒りの声だった。
「ねぇ小島さん、きょう大事な商談があるって言ったよね?」
「え、はい。知ってますけどー」
ビシッとスーツを着る葛城の前には、下着まで見えそうなほどのミニスカートに胸元が大きく開いたTシャツとジャケット、さらに派手なネイルにきつい香水といういでたちの由梨がめんどくさそうな表情で座っている。
「資料だって結局人に丸投げして、やる気あるの?何その恰好」
「えーダメなんですか?」
「ダメって…何年ここで働いてるの?商談にそんな恰好で行く人、いままでいた?」
「いませんけど、ダメとは言われてませんし」
「はぁ…ダメっていちいち言わないとわからない?」
明日香が頭を抱える葛城に声をかけようとすると、由梨が追い打ちをかけるように言葉をかけた。
「わかった、売れ残りおばさんの妬みでしょ。だって絶対こういう服のほうが男性からウケいいから、商談成功しますよ?でも葛城さんはもう着れないじゃないですかぁ」
「あなた、言っていいことと悪いことがあるわよ」
「やだ、こわぁ~い…」
泣いたような顔をする由梨は、結局課長に慰められ、なぜか葛城が叱責される羽目に。そして、商談には由梨ではなく明日香が行くことになってしまった。
資料を作ったのはほぼ明日香だったのでなんの不都合もなかったが、明日香の由梨へのイライラはさらに強まっていくのだった。
そんなある日のことだった。
明日香は珍しく定時退社をし、高校の同窓会に参加していた。3年ぶりに会う同級生たちとの楽しい会話についお酒も弾み、最近の由梨の言動をすっかり忘れてしまうほど明日香は楽しんでいた。
何より、密かに思いを寄せていたバスケ部主将・高田圭吾の存在が明日香の心を盛り上げた。
「明日香、バリバリ働いてるんだね」
圭吾は明日香の隣に席を変え、ハイボール片手に明日香の話を聞いている。
結婚どころか恋愛にもそれほど興味のない明日香だったが、自然と縮まる物理的な距離が心を少しときめかせた。いや、少しどころかだいぶ。
ウーロン茶を口にして、明日香も話し出す。
「うん。毎日仕事で動き回ってる。だからオシャレもしてこれなくって」
明日香は後悔していた。仕事帰りにいつものパンツスーツでそのまま同窓会にやってきたのだが、周りはみんなオシャレをしていたからだ。
せめてスーツではなく、オフィスカジュアルにすればよかった。まさか圭吾とこうして話せると思わなかった。
そんな後悔が、明日香の不安を膨らませていく。
「明日香はオシャレしなくたって綺麗だからいいじゃん。一生懸命働く女性って最高にかっこいいよね」
「そう?ありがとう」
「お世辞だと思ってる?結構本気なんだけど。高校のときから、明日香は美人だなって思ってた」
酔いが回ったのか、圭吾は少し顔を赤らめてうつむきながら明日香に話す。
別に結婚願望なんてない。いい人が現れたら、自然の成り行きでそうなるかもしれないけれど。
そんな風に考えていた明日香のなかに、それはもしかしたら圭吾なのかもしれないという思いが浮かび上がった。
明日香は「やっぱりオシャレしてくればよかった」と少し考えつつ、圭吾の横顔を見つめる。ふいに圭吾と目が合って、慌ててそらす。
「えー、待って。やっぱ明日香、ますます綺麗になったよね。俺さ、実は高校のとき明日香のこと好きで」
「え?私も…」
「嘘、俺たち両思いだったの?」
突然の告白にドキドキしてしまう。
同窓会の最中なのに、まるで二人きりでデートしているかのようだった。誰も二人の様子になんて気づいていない。
「ね、この後二次会行く?俺、もっと明日香と話したいんだけど」
「もちろん、私も話したい」
そう明日香が告げた瞬間、タイミングを見計らったかのように明日香のスマホがポケットのなかで震えた。
バイブ音の長さから、それが電話だと悟る。見れば、こんなときに思い出したくもない会社の名前だった。