親なら誰もが子どもを愛し、子どもの幸せを願っているはず。
しかし、その愛情がとんでもない方向に行っていると、かえって子どもの幸せを奪ってしまうかもしれません。
今回は、息子大好きモンスターママに振り回されてしまった、とある家族のお話し。
- 主な登場人物
- 田中陽子:この物語の主人公
- 田中千秋:中学2年生。陽子の娘。
- 吉永拓海:中学2年生。千秋の彼氏
- 吉永美琴:拓海の母
娘の彼ママ
「うちの息子が田中さん家の前に34分ほど滞在していたようなのですが、一体何をしてらっしゃったんですか?」
木曜日の19:00ごろ。突如インターホンが鳴り、モニターを見てみると、同じクラスの吉永さんの母親が映っていた。
なんだか神妙な面持ちでモニターを見つめているので、どうしたのかと応答する。
「娘と話をしていたようですが、どうかなさいましたか?」
「いえ、GPSが田中さんの家の前で止まっておりまして、息子に聞いても何も言わず…。いままでこんなことはなかったものですから、何かご迷惑をおかけしていたのではと思いまして」
「そんなことはありませんよ。仲良く娘と話していただけですから」
中学2年生になった娘の千秋が「彼氏ができた!」と嬉しそうに報告してくれたのは、ちょうど1週間前のことだった。
小学校からの友人だった、吉永拓海くんに告白されたらしい。千秋もずっと拓海くんを好いていたので、その日の夜はちょっとしたお祝いをした。
拓海くんのママ…吉永さんとはあいさつ程度しか交わしたことはなかったが、小学校からの付き合いなので、一応顔見知りではある。
PTAの活動も熱心に行うお母さんで、いつも気さくで明るい。ママ友づきあいが苦手で極力避けてきた私とは真逆のタイプのお母さんなのだが、こんなお母さんになりたかったなぁと憧れることもしばしば。
無難なファッションやメイクしかできず、見るからにおばさんになっていく私とは違って、吉永さんは常におしゃれで華やかだ。
ココア色に染まった髪の毛は常にきれいに巻かれているし、ニットに毛玉がついていることもない。指先にもおしゃれなネイルが施してあって、スタイルだってとてもいい(少なくとも、私のように腰肉がジーパンに乗って悩んでいる…なんてことはないように見える)。
そんな綺麗な吉永さんが、エプロンを付けたまま、髪の毛が少しぼさついた様子で、息を切らしてモニター越しに立っているのだ。何かあったと思うしかないだろう。
安心してもらおうと、私は家のドアを開ける。外は冬になりはじめ、外気温はたったの6度。そんな寒い場所に、コートも着ずに吉永さんは立っていたのだ。
「すみません、田中さん。驚かせてしまいましたよね」
「いえ、こちらこそ心配おかけしてすみません」
「ところで、なぜ拓海は田中さんの娘さんとお話をしていたのでしょうか?」
玄関に入って少し息を整えてから、吉永さんは訪ねてきた。そうか、拓海くんは千秋と付き合っていることをお母さんに話していないのか。
年ごろの男の子なら、話さないのもなんとなくわかる。だからこのまま言わないでおいたほうがいいかなとも思ったが、吉永さんの不安もわかる。
私が母親の立場だったら、情報だけはせめて頭に入れておきたい。だんだん親の手を離れていくとはいえ、まだ中学生だ。
何かあったとき、すぐに対応できるよう準備はしておきたいし、間違いがないよう見守る立場にはまだいなければいけない。
「拓海くん、うちの娘と付き合ってるみたいなんです」
「まぁ」
満を持して真実を口にすると、吉永さんは目を大きく開き、心底驚いた様子でリアクションを返した。
「ちょっとお母さん!」
話を聞いていたのか、リビングから部活帰りのジャージのままだった千秋が飛び出してきた。
「あら、千秋ちゃん。大きくなって」
「拓海くんのお母さん、こんばんは」
「こんばんは。いや、ごめんなさいね、拓海ったら何にも教えてくれなかったから」
千秋が私のことを横目で見て「はは」と愛想よく返事をする。
多分、「勝手にぺらぺら喋らないでよ」と思っているに違いない。それはもちろんその通りだが、こんな状況じゃ、もう逃げも隠れもできないわけで。
「でも、そう。千秋ちゃんと付き合ってるのね!そういうことなら、家の前でお話ししたくなるのもわかるわね」
吉永さんはニコニコと話しながら、「私も学生のころはそうだった」と話し出す。
うちの息子をたぶらかしやがって!とか怒鳴られたらどうしようかと一瞬思ったが、どうやら歓迎しているらしい。
「そうだ、千秋ちゃん。今度うちに遊びにきたら?ほら、これから冬になるともっと冷え込むでしょう。外で話してたら風邪ひいちゃうから、話すならうちで話して、ね?」
「そんなご迷惑おかけするわけにはいきませんよ」
慌てて私が止めようとするが、吉永さんはにっこり笑って首を振るだけ。
「田中さん、私は大丈夫。バッチリ見守っておくから」
少し不安な私とは裏腹に、千秋はなんだか嬉しそうだった。彼氏の母親に気に入られたようなものだから、まぁテンションも上がるだろう。
吉永さんが「拓海にも言っておくから!」とウキウキしながら帰っていくと、千秋も「拓海に言わなきゃ、いいお母さんだねって!」と自分の部屋に走っていった。