2年前、幸せな家庭を夢見て建てた新築一戸建て。しかしその家に、家族でもない赤の他人が居座るようになった。夫の同僚、健太郎だ。
主人公の梨香子が陣痛がきた夜も、夫と健太郎は酒を飲みながらゲームをしていた。陣痛がきた梨香子はタクシーで病院に向かい、ひとりで我が子を出産した。
立ち会い出産を予定していた夫は、二日酔いで来ることができず、病院に来たのは生まれてから2時間後だった。
1週間後。我が子と共に退院し、初めて家族3人で過ごすはずだった日。玄関を開けた先に待っていたのは、健太郎だった。
出産後も、こいつは私の家に居座る気なの…?健太郎の身勝手な行動に、ついに我慢の限界を迎える。
第1話:陣痛がきた妻を横目に、同僚とゲームをする夫。退院後さらに幻滅した理由
第2話
- 登場人物
- 梨香子:この物語の主人公。妊娠7カ月
- 雄二:梨香子の夫
- 松尾健太郎:雄二の同僚。31歳独身
当たり前のようにそこにいる
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産後3週間が経過した。
「梨香子さーん。あした缶のゴミの日でしょ?ここにまとめとくね…って言っても、俺らのビール缶ばっかなんだけど」
水曜日。健太郎はキッチンで勝手にゴミ袋をまとめ、ソファーで娘を抱っこする私に小さく声をかけた。
「あ、うん。ありがとう」
「どういたしまして!いやぁ、きょうのおでん最高においしかったね。さすが梨香子さん、料理上手だなぁ」
健太郎は梨香子の産後から、なぜか毎日家に来るようになり、ほとんど毎日泊まっていくようにもなった。
客間でお酒を飲んでどんちゃん騒ぎするだけだったのが、当たり前のように家にいて、当たり前のように食事をし、当たり前のように生活をする。
なぜそうなったのかはわからない。
ただ雄二が、退院後家に健太郎がいて驚いている私に、「一人より二人って言うしょ?」と話してきたのは覚えている。
きっと、産後の妻を支える存在はふたりいた方が心強いという意味なのはわかった。
実家に帰るわけでもなかったので支えてくれる人がいるのはありがたいが、健太郎は夫の同僚。
つまり他人にしか過ぎない。親戚でもない男性に何を頼ればいいのだ。気を遣いすぎて、むしろ息苦しかった。
寝不足でゲッソリしながら朝ごはんを準備する必要があり、パジャマ姿でうろうろするわけにもいかないからきちんと着替えなくちゃいけない。
夜ご飯も適当なものは用意できないから、産前と同じようにしっかりキッチンに立つ。
娘が泣くと何もできなくなるので、料理はまったく進まない。夕食の準備のために昼過ぎからキッチンに立つこともあった。
一度「外で食べてきてほしい」と言ったら、「梨香子の手料理が食べたいんだよ」とニコニコしながら雄二に言われた。
すっぴんでだらしない姿も見せるのに抵抗があるから常に着替えているし、授乳もコソコソしなきゃいけないから気を遣う。
結局、リビングや客間の近くにいると心が落ち着かないので、夜と休日はほとんど寝室にこもっていた。
日中の昼間、彼らが会社に行っているときはゆっくりできるからいいのかもしれないが、それでも相当なストレスだった。
「あのさ、健太郎くんっていつまでここにいるの?もう本当に帰ってほしいんだけど。居候みたいになってんじゃん。家は?ないの?」
限界を迎えた私は、寝室に入ってきた雄二に泣きそうな声で問いかけた。
「もう無理だよ。私、出産した直後なんだよ?全然休まらない。ありえないよ。他人がずっと居座ってるなんて」
雄二はベッドに入ると、私の肩に手を置いた。
「梨香子」
悲しそうな雄二の声に、顔を上げる。
「健太郎のこと、他人だと思ってるからじゃない?」
「…は?」
「家族だと思ってやってよ。そしたら気にならないでしょ?家族なんだから」
「…何言ってるの?」
考え方しだいだよ、と私に言いながら、雄二は布団をかぶる。
「ねぇ、そんなことできると思ってるの?無理だよ。家族…って、ふざけてるの?」
「俺はいたって本気だよ!梨香子どうしちゃったの?俺は梨香子の優しいところが好きなのに…あ、わかった。ホルモンバランスでしょ?ホルモンバランスの乱れでイライラしてるんでしょ」
ガタガタと、雄二への愛情が音を立てて崩れていく。こんな男と結婚しなきゃよかった。
離婚してやろうか。妻の気持ちに寄り添えない男なんて、いらない。
実母
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産後、実家に帰らなかったのには理由がある。実家がすぐ近くで、実母が昼間顔を出してくれるからだ。
実母は常備菜を作ったり、娘の世話をしてくれたりと、あれこれ面倒を見てくれている。
「体は大丈夫?まだお風呂はダメなんだっけ」
「うん。入浴は1カ月検診でOK出てからだって。いまはまだシャワー」
「寒いのにねぇ、仕方ないことだけど…。風邪ひかないようにね」
「ありがとう」
実母は、家に頻繁に同僚が出入りしていることを知らない。
たまに雄二の知り合いが泊まりに来るとは言っているが、まさか毎日居座っているとは夢にも思っていない。そこで私は、満を持して母に相談することにした。
どうしたら、彼は出て行ってくれるだろうかと。
「そんなことがあったの」
「そう…困ってるんだ。雄二に話してもまともに聞いてくれないし、それどころか『家族だと思え』なんて言われてさ」
「嫌ねぇ…」
母の困った顔を見て少しホッとする。自分以外にもこの環境がおかしいと思ってくれる人がいたと、安心した。
「でもさ、ハッキリ本人に言わなかった梨香子も悪いんじゃない?」
「え?」
「その人、ゴミ出ししたり洗い物したりもしてくれてるんでしょ?助かってるんだし、あなたもそういうところで甘えてるんだから、文句言えないでしょう」
「…たしかに助かってるけど、誰もやってほしいなんてお願いしてない」
「じゃあやめて、出てってって本人に言えばいいでしょ」
ため息をつきながら話す母親の姿を見てがっかりした。そして、私が悪かったのかと絶望した。この状況は自業自得なのか。
「言えないなら文句言う資格ないよね。もう我慢だよ、我慢」
旦那さんの友達なら大切にしなくちゃね、だってあなた嫁なんだから。
そう続いた母親の言葉に、私は力なく笑うことしかできなかった。
結局その日も雄二は健太郎と一緒に家に帰ってきて、いつものように夕食を食べ、楽しそうに晩酌を始めた。
私の家なのに、なぜ肩身の狭い思いをしなければならないのだろう。
雄二は娘の成長を見るよりも健太郎と飲む方が楽しいらしい。娘のおむつなんて一度も変えてくれていない。
この家で私は子育てをしながら、大人ふたりの面倒も見ている。なぜ?退院時に謝ったのはなんだったの?
わけのわからない現状に苛立ちと虚しさを感じ、私は寝室のベビーベッドですやすや眠る娘を見つめた。
娘にとっては、この光景が当たり前になってしまうのだろうか。母親と、父親らしき人と、知らないおじさん。その人たちと一緒に生活するという暮らしは、娘にとっていいものなのだろうか。
離婚の2文字がひたすら頭をよぎる。ぐるぐると頭を回り、私を迷わせる。