「モンスターママ」の暴走
16:00。日が落ちるのが早くなったとはいえ、まだ明るい夕方。
インターホンがなるのと同時に玄関ドアが激しく叩かれ、「開けなさいよ!」という怒号が響いた。
「なんだ?」
夫が驚いてソファーから立ち上がり、インターホンのモニターを見る。
「なぁ、これ吉永さんだよな」
名前を聞いて、私と千秋は一緒に体を震わせた。一連の話を聞いたからか、夫もなんだか緊張した様子である。
「そうね、吉永さんね」
「なんでこんな怒ってるんだ」
「…息子さん関連でしょうね」
私と夫はしばらくモニターを見つめていたが、夫が勇気を出してモニターの通話ボタンを押した。
「はい」
『ちょっと!うちの息子を泣かせるなんて、なんてことしてくれるんですか!』
「はい?」
『うちの息子をたぶらかしやがって、ふざけるな!殴ってやる!早く出てこい田中千秋!』
千秋がソファーのうえで縮こまりながら、「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。私は千秋の肩を強く抱き寄せ、「大丈夫」とつぶやいた。
「あの、うちの娘が何をしたというんですか?」
『私の息子を弄んだじゃないですか!あんな純粋でかわいらしい素直な息子を、騙して、弄んで、飽きたら捨てて!ふざけるな!純真無垢で何にもけがれてこなかった息子が、田中千秋に汚された!』
「仰っている意味がわかりません」
『はぁ!?しらばっくれるなよ、息子と手つないだんでしょ?息子がそう言ってましたよ!そこまでしておいて振るなんて、おかしいんじゃないのか!息子に謝れ!いますぐ謝れ!』
いつも見ている吉永さんと、血走った目で怒鳴り散らすモニター越しの吉永さんは、全くの別人に見えた。
モニターいっぱいにうつる吉永さんの顔。時折見える、通行人の驚いた表情。
吉永さんは周りの目など気にせず、ひたすらドアを叩き「開けろ」と叫んだ。
「吉永さん」
『開けろ!早く開けろ!』
「警察呼びますよ!」
夫が声を張り上げると、吉永さんはやっと怒鳴るのをやめた。
「あなたの行為はすべてモニターに録画されています」
夫は淡々と吉永さんに伝える。
「娘に何か危害を加えるのなら、私たちも警察に相談し、然るべき手段を取らせていただきます」
『…いやね、そんな大げさな。ただ千秋ちゃんと話がしたかっただけじゃない』
吉永さんは静かに乱れた髪の毛を整え、モニター越しににっこり笑ってきた。
『ごめんなさいね、取り乱しちゃって。拓海と千秋ちゃんは、ご縁がなかったのよね。また友達として仲良くしてあげてくださいね』
そのまま吉永さんは去っていき、その後二度と我が家に怒鳴り込んでくることはなかったが、目撃者も多かったからか、近所ですぐに広まってしまった。
そして千秋の話によると、拓海は半年後に不登校になり、学校に来なくなってしまったらしい。
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