他人事な当事者
渋々電話に出てしまったのがいけなかった。電話なんて無視すればよかったのだ。それで次の日「昨晩何かありましたか?出先で気づかず…」と言えばよかったのだ。
しかし、明日香はどうしても無視することができなかった。どんな場面でも嘘をつくのが苦手だったから。
電話の内容は「由梨が取引先に失礼を働き、取引先は本日中の連絡を待っていたものの来ず、大変お怒りだ」というもの。
あした朝イチで謝罪に行かなければいけないが、由梨のミスを埋め合わせるために資料を作り直さなければいけないという。
だから、明日香に来てくれと言うのだ。もちろん由梨にも電話したそうだが、由梨は当然のように電話に出なかった。
明日香は泣く泣く二次会の参加を断り、タクシーに乗った。別れ際に交換した圭吾の連絡先を握り締め、「きっとあしたからいいことがある」と信じて。
深夜までの残業を終え、帰宅のためにタクシーに乗り込むと、同窓会のグループトークとは別に作っていた女子だけのトークルームが何やら盛り上がっていた。
通知が100通近くも溜まっている。
『圭吾とデートの約束できました~!協力してくれたみんなありがとう!』
『みゆ、おめでとう~!二次会で急接近?』
『そう!手も繋いじゃった。圭吾結構やり手かもしれないけど、頑張る』
そっとトークルームを閉じ、明日香は窓の外を眺めた。いろいろな後悔が頭のなかをグルグルと周り、そのうち明日香は思考をやめる。
タクシーを降りて、家の前にあるコンビニに駆け込み、普段は飲まない缶チューハイを手に取る。買ってから、そのままコンビニの前で一気に中身を飲み干した。
翌朝、遅くまでの残業のせいで睡眠不足だった明日香に追い打ちをかけたのはほかの誰でもない由梨だった。
「明日香~ごめんね、取引先の資料作り直してくれたんでしょ?これから謝罪も行くんだっけ、ほんと感謝だよぉ」
ちっとも申し訳なさそうではない顔で、わざとらしく明日香に媚びる由梨の顔を、明日香は直視できなかった。
見た瞬間怒りが沸点に達し、キレてしまうと思ったからだ。
「でもね、おかげで私、昨日の婚活パーティーで超ハイスぺ男子と連絡先交換したの!来週デートするんだ」
ウキウキで話しかけてくる由梨に、明日香の怒りはますます膨れ上がっていく。
「明日香のおかげだよ。これで私、幸せになれそう!明日香もしたほうがいいよ、婚活。あっでも忙しくて無理かな?」
明日香はそんな由梨を無視し、取引先に行く準備を進める。
「ねぇ、待って明日香。クマやばいよ?コンシーラー貸そうか?」
「え?クマ?」
由梨が突然手鏡を差し出してきて、明日香は鏡に映りこんだ自分の顔を見る。確かに目のしたが暗くよどんでいた。
「ああ、ほんとだね。コンシーラーは持ってるから大丈夫、忠告ありがとう」
「ちょっと待って、その色じゃ明日香のクマは隠れないよぉ。明日香は多分ブルべ夏だと思うの。私ブルべ冬だから肌の色みは似てるし、こっちのコンシーラーのほうが合うと思うよ」
そういって由梨が差し出してきたコンシーラーを、明日香は受け取れずにいる。
「パーソナルカラーって知ってる?もーう、明日香ってば女捨てすぎ!これ女子の常識だよ?ちなみにね、ブルべ冬って儚げ女子っていうかぁ、透明感あるっていうか、そんなパーソナルカラーなんだって。本当はイエベ春に憧れるんだけどね!洋服の色選びがとにかく大変だよぉ」
勝手に明日香の目元にコンシーラーを乗せようとする由梨の手を払いのけ、明日香は無言でフロアを飛び出した。
全部あなたのせいでしょう。クマができたのも、何もかも。
そんな怒りが明日香の心を覆いつくし、いつしか「復讐したい」という黒い願望に変わっていった。その思いが報われるまで、そう時間はかからないのであった。
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