元カレからの強引な告白
「真琴さ、俺とヨリ戻す気ない?」
同窓会でお手洗いに立ったとき、後ろから追いかけてきたのであろう元カレの悟(さとる)が急にそんな声をかけてきた。
悟の思わぬ言葉に一瞬うろたえ、そしてあの説が本当だったと知り吹き出しそうになる。
悟と付き合ったのはいまから10年前。17歳のころだ。野球部だった悟と、バレー部だった私。帰りのバスがよく一緒になるからそれで距離が縮まって、一緒に帰るうちにお互い好きになって、悟に告白されたんだっけ。
その後1年くらい付き合って、受験のタイミングで別れてしまった。悟の束縛が激しく、私が疲れてしまったというのもある。
男子と話すたびに喧嘩になるもんだから、高校生活がちっとも楽しくなかった。
「私、もう結婚してて子どももいるの。ヨリ戻すとかは考えられない、ごめんね」
軽く断ってトイレに行こうとすると、突然力強く腕を掴まれる。
「じゃあ今晩だけでも、どう?ホテル行こうよ」
「は?」
「一度寝てくれたら、それで諦められるからさ」
「何言ってるの、バカじゃないの?」
「それだけ真琴が諦められねぇんだよ、な?頼むよ。お前もまんざらじゃないだろ?」
悟の顔が突然近づいてきて、触れられそうになる。
「やめて、叫ぶよ」
きつくにらみつけてもなお、悟は近づいてくるのをやめない。そのままトイレの個室に押されるような形になったとき。
「お客さま、どうなさいました?」
タイミングよく店員が話しかけてきてくれて、悟はパッと手を離した。
「なんでもないでーす」
そのままニヤニヤと笑って席へと戻っていく。
「お姉さん、大丈夫ですか?」
若い女性店員だった。心配そうに近づいてきて、私の顔を覗き込む。
相当気持ち悪かったし、怖かった。そう思っていなくても肩が震える。店員が「見張ってるんで」と言ってくれたおかげでトイレに行けたが、このまま帰りたくて仕方がなかった。
震える手でトイレのなかから「助けて」と、奈央と沙也加にメッセージを送った。
トイレから出ると、奈央と沙也加がトイレの前で待っていてくれた。手には私のバッグとスマホ、コートまである。女性店員はもういなかった。
「真琴が具合悪くなったみたいって適当に言ってきた。悟やばくない?大丈夫?」
心配そうな表情の沙也加に、ありがとうと言いながらお金を渡す。
「戻ってきたときは普通な感じだったよね」
奈央も心配そうに、少し背後を気にしながら声をかけてくれた。
「そう、でも、真琴が具合悪いみたいでって言ったらちょっと表情変わってたよ」
「そっか…」
「あ、大丈夫だよ真琴。近くにいた女子にはこっそり声かけて、悟が追っかけてこないように見張っててもらうことになってるから」
私の不安を察したのか、奈央が安心してと背中をさすってくる。
「店員さんが、タクシー呼びますねって言ってくれたから、それまで一緒に待ってよう」
沙也加の言葉にうなずくと、すぐに女性店員が駆け寄ってきて「5分後に来るそうです」と言ってくれた。
相当気持ち悪かった。悟が来るなら、もう同窓会には参加しない。そう決意する。
帰ってからその日あったことを和明に伝えると、和明は一瞬青ざめて、すぐに血相を変えた。
「本当に何もされてないの?なんてやつだよ…名前は?電話番号とか知ってる?俺、念のためそいつの顔も知っておきたい」
「大丈夫だよ、私がどこに住んでるかとか知らないし、今後会うことはないだろうから。それに、そこまで執着するような奴ではないと思うよ。そりゃ…束縛の激しい人だったけど」
「あのね真琴。その人が本当はどんな人かなんて、その人にしかわからないんだよ。もしかしたらすごい執着する人かもしれない。対策しておくに越したことはないんだよ」
和明の真剣な言葉に、私は神妙な面持ちでうなずく。たしかに、その人がどんな人かだなんて、いまの私にはわからない。
まぁでも、どこに住んでるかまではわからないと思うから。
そんな思いがすぐに間違いだったと知るのは次の日の朝のことだった。ゴミを捨てようとマンションから外に出ると、道路の向こう側に悟が立っていたのだから。
NEXT:2024年2月20日(火)公開予定
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