20歳年上の夫と高校1年生のマイペース息子と暮らしている、アラフィフ主婦ライター・塩辛いか乃です。
うちのマンションは築30年。当時新築でマンションを購入した層がかなり年配になり、世代交代なのか、小さな子どもがいる家族が引っ越してくることが増えました。
マンションの入り口でベビーカーに赤ちゃんを乗せ、さらに幼稚園児を連れているママを見かけたり、エレベーターを待っているとうえの階からギャン泣きの声が響いて聞こえてきたり。そんな風景を目にするたびに「あのころは大変だったなぁ…」と思います。
夫からの「辛辣な言葉」
あどけなく可愛かった昔の息子を思い出したりもしますが、当時は大変すぎて「もうあのころには戻りたくない」とも思ってしまいますね。
出産すると、誰もが初めての子育てに挑戦することになります。育児本である程度発達についての勉強はしても、それぞれ違う子ども。
歩くことも、ひとりでご飯を食べることもできない赤ちゃんを生かして、まともな大人にしなければいけないというプレッシャーや、四六時中ずっと子どもの世話をしなければならず、自分のペースで動ける時間が皆無になり、自由な時間が必要なわたしにはなかなか大変でした。
それでも息子の可愛さはそれを大きく乗り越える、かけがえのない存在。母性本能というものが自分にあることに驚くほど、息子のことで頭がいっぱいな毎日。
手探りでも答えが見つからない子育て。悩みが絶えず、疲れてしまうことも多々ありました。
そんなときに、ちょっとだけでも愚痴る相手がほしいと、会社から帰宅する夫に弱音をこぼすと「そんなの母親なんだからあたりまえだろ。想定内の話をグチグチ言うなら産まなきゃいいのに」という辛辣な言葉が返ってきました。
夫は再婚なので、子育ては2度目のはず。少しアドバイスのようなものをしてもらえるのではないか、と期待したわたしがバカでした。
その発言から、夫は「母親は子どもに身をささげるのが当たり前」という考えを持っているようで、それ以来あまり愚痴をこぼすこともできなくなりました。
「自分が息子を育てなくては」という責任感はあれど、そのプレッシャーはものすごく大きい。息子はとても大事な存在だし、頑張って育てているけれど、謎に泣き止まない、すぐに愚図って泣く、買い物に行きたくても嫌がって出かけてくれない。
大人の思い通りにならないことだらけで、それに24時間付き合うのは本当に疲れます。
ただ「大変だったね、おつかれさま」と言ってくれるだけで心がほぐれるのに、「生まなきゃいいだろ」は絶望しか感じません。
育児に関しては「おむつ替え」「あやす」などその単発のことがどうこうよりも、「24時間エンドレスに続く」ことがしんどい。
自分が食べたいものを食べたいときに、食べたいペースで食べられない。トイレさえ行きたいときに行けない、歩くペースも自分のペースで歩けない。できないこと尽くし、思い通りにならないこと尽くしってやっぱり削られるんです。
特にうちの息子は敏感な子で、周りのママたちの子どもたちが楽しく遊んでいるなか、ひとりで泣いて「帰りたい」というような子だったので、なおさら悩みは深まりました。
誰に相談しても「心配しすぎだよ」と言われるばかり。気になって発達相談にも行きました。
それに対して夫から「発達障害とか名前をつけてお前が安心したいだけなんじゃないのか?」と責められる始末。
いよいよ追い込まれて、息子が幼児のころには動悸がひどくなったり、精神的にも不安定でした。いわゆる育児ノイローゼだったかなと思います。
息子が幼稚園に入ったあたりからは、気さくに話せるママ友もでき、少しずつ息子の相談ができる人も増えて、小学校にあがったあたりからは息子も徐々に成長して学校に馴染むようになりました。
それでも当時、辛かったときに夫に言われた言葉は忘れられず、いまでもときどき思い出してしまって胸が痛くなります。
その経験から、わたしがもしほかのママが辛いと感じていることがあったら、わたしがかけてほしかった言葉をかけてあげようとなんとなく思っていました。