身勝手な2度目の告白
それから2年半経って、久しぶりに参加した同窓会で私は和樹に出くわした。
婚約破棄のことを友人たちは知っていて、和樹のことを誘わないよう配慮してくれていたはずなのに、事情を知らなかった男友達が呼んでしまったらしい。
彼は私たちが結婚したと思い込んでいて「結婚おめでとう」とまで言われた。和樹が来る前だったので、私は「婚約破棄されたんだよ」と洗いざらい全部話した。
そこからの、冒頭の「ヨリを戻そう」発言である。
同窓会が終盤に差し掛かり、酔いも回ってみんなのテンションが最高潮に達しているなか、和樹はそっと私の隣に座った。左手の薬指に、指輪はない。
「久しぶり、由里」
「うん。2年半ぶりだね」
「よく覚えてるね、忘れられなかった?」
「いや別に、そういうわけではないけど」
「そっか」
忘れたくても忘れられるわけないだろ、とキレそうになるのを抑えつつ、私はウーロン茶に口をつける。
もともとお酒は苦手で、一杯程度しか飲まない。もし飲んでたら悪酔いして和樹を吹っ飛ばしていたかもしれない。
「その後和樹はどうなの?付き合えたの?その、気になっていた彼女と」
「あー…いや、無理だった。彼女、海外行っちゃったんだよね」
「へぇ、そうなんだ」
「…嫉妬?」
「は?」
「そうだよね、ごめん。俺の好きな人の話とか聞きたくないよね。でも安心して、俺もうその人のこと好きじゃないから。きれいさっぱり諦めた!」
そんな話聞いてないよと、心のなかで返事をする。
「それで…なんだけどさ」
和樹が神妙な面持ちで私のほうをじっと見る。
「なぁ、由里。俺たちそろそろヨリを戻さないか?」
かつて好きだったころと同じ、まっすぐな瞳で、彼は私の顔を覗き込んでくる。あのとき心から愛した人がそこにいた。
ただし、それはもう過去の話である。
「いまさら何言ってるの?」
「いや、俺は本気だよ」
「はぁ、で?」
「いや、で、じゃなくてさ。どう?と思って」
「無理に決まってるでしょ」
和樹の目をぎろりとにらむと、彼はとたんに縮こまった。
それからすぐに姿勢を直し、私の手に突然手を添えてくる。
「あのときのことは謝る。俺が悪かった。慰謝料を返してくれとかも言わない。だからもう一度付き合おう、結婚を前提に…」
「無理だって言ってるでしょ」
バッと和樹の手を払いのける。
「これが見えないの?」
先ほどまで和樹に添えられていた左手を、私は和樹の目の前に突き付けた。
薬指に光るプラチナの指輪へ、ゆっくりと和樹の視線が移動する。
「たとえ独身だったとしてもあなたとヨリを戻したいとは思わないし、私もう結婚してるから」
私の強い口調に、和樹が一瞬うろたえたのがわかった。
「だ、誰と結婚したんだよ。俺そんなの知らないよ」
「婚約破棄された相手に、わざわざ結婚相手を紹介するわけないでしょう」
「そうかも…しれないけど。どんな人かくらい教えてくれたっていいだろ」
「あの大企業に勤めてる人だよね!」
私と和樹の話に割って入ってきたのが、友人の光だ。
ちょうどお手洗いにいって席を外していたのだが、戻ってきて、ただならぬ雰囲気を察知してくれたのだろう。
「大企業に勤めてるって…」
「和樹も絶対知ってると思う!結婚式の豪華さ、ヤバかったな~。あんなにおいしい食事、結婚式で初めて食べた」
うっとりと式の様子を思い出している光を見て、私もついクスッと笑ってしまう。
「な、なんだよそれ。あれだろ、どうせお前、金だけが目当てだろ?そうだよな、平凡な由里には金持ちの男って魅力的に映っちゃうよなぁ!」
「お金?お金なんて二の次よ」
和樹の少し焦った様子に追い打ちをかけるよう、大人げないとわかっていながらも、私は現在の自分の状況を口にした。
「私、ずっとやりたかった仕事で会社を立ち上げてね、いま社長なの」
「…え?」
「和樹さ、私と別れるときに『由里は向上心がなくて平凡すぎる』みたいなこと言ってたじゃない。あれから考えたの、私ってそんなに向上心ないかなぁって。だからやりたいこと、やってみた。いまはすっごく満足してる!あなたと一緒にいたら起業なんてできなかったもの、本当に別れてくれてありがとね」
にっこり笑う私を見た和樹の、あの心底悔しそうな顔を見て、なんだか心が晴れ晴れとした。
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