移住仲間の決断
「実は、東京に戻ることになったんです」
真依子は最初、藤堂彩絵の言葉を聞き間違えたのかと思い、すぐに聞き返した。もしくは、一時的に帰る、という意味なのかとも思った。でも、間違いではなかった。
「そうなんだ…」
少し離れたところで、彩絵の息子の陸人と、真依子の息子の豊が遊んでいる。ここの児童館は広くてきれいだし、おもちゃも多い。この地域は子育て世代の定住のために力を入れているので、この場所もきっと、その施策のうちのひとつなのだろう。
真依子は週に数回、豊が歩き始めたころから車でここへ通うようになり、彩絵と知り合った。彩絵も真依子と同じ東京からの移住組で、子どもの年齢が近かったこともあり、ときどき交流していた。
「なんか、理由はあるの?」
「ここは自然も多いしいいところだと思うんですけど、実際に暮らしてみて、なんていうか…ずっと住むのは、いろいろむずかしいところもあるかもな、って」
真依子はひそかに共感した。一般的には「地方に移住して子育て」はメリットばかりが強調されているし、実際に利点はある。
でも、いざ根を下ろして暮らししばらく経ってみると、やっぱりところどころに、東京という場所との埋められない大きな違いは見えてくる。
「都会を窮屈に感じて移住したはずなのに、お恥ずかしい話、だんだん東京が恋しくなってきちゃったんです、夫婦ともに。もっと考えてから、行動すべきだったかもしれません」
彩絵は言う。
「でも、実際にやってみないとわからないことってあるよね、やっぱり」
「そうなんですよね…。移住したこと自体は、よかったと思ってます。移住してきたときは私も夫も仕事のストレスでいっぱいいっぱいだったので、こっちへ来て癒やされましたし。真依子さんとも知り合えたし」
彩絵も彩絵の夫も20代後半とまだまだ若い。いなくなってしまうのは残念だが、いまから子どもを連れて東京へ戻っても、また東京で働きながら、ふつうに生活していけるだろう。
「真依子さんたちは、ずっとここへ住む予定ですか?」
「ママ、こっちきてー!」
そのとき、陸人が彩絵を呼んだので、話は中断した。
帰り際、東京へ戻ってもまた連絡を取り合おうと約束して彩絵と別れ、人も車もまばらな道を運転しながら「ずっとここへ住む予定ですか?」の答えを、真依子はひとり、考えていた。