田舎暮らしのめんどくささ
今朝、真依子は早起きして、町内会の掃除に参加している。毎回「めんどくさい」という想いは消えないが、実質全員参加のようなものなので、やはり顔を出す必要がある。とくに、真依子たちのような移住者であればなおさら、地域に溶け込む機会は多いほうがいい。
移住してきた時点で多少覚悟はしていたが、日中にかわる変わる近所の人たちがやって来て、いきなり玄関の扉を開けてきたり、いろんな当番や行事に参加する必要があったりするのには、やっぱり面食らった。
正直、都会にはない「しきたり」のようなものだけは、真依子はいまも苦手なままだ。それに、根掘り葉掘りいろんなことを聞かれたり、ズケズケとものを言われたりするような距離感にも、いまだに慣れない。
ただ、野菜や果物などのおすそわけをもらったり、子どもや若い世代が少ない地域ということもあって近所の人たちが豊のことをかわいがってくれたりするのは、素直にありがたいと感じる。
「ご苦労さま。赤ちゃん、楽しみねぇ」
掃除が終わり、ゴミ袋にゴミをまとめていたとき、近所の杉浦さんに話しかけられた。
「ありがとうございます」
「本間さんたちはこうやって、町内のことに参加してくれるから助かるわぁ。なんか最近、隣町に若い夫婦が移住してきたみたいなんだけどね。通りかかってもあいさつだけしてすぐ家のなかに引っ込んじゃうし『何考えてるかわかんない』って、みんな言ってるみたいよ」
真依子は、あいまいにほほえむ。その後も杉浦さんはいつもの通りいろいろと一方的に噂話し、真依子が適当に相槌を打っているうちに用事を思い出したらしく、立ち去っていった。
東京で店をやっていたときも商店街での付き合いはあったが、比較的さっぱりとしたものだったと思う。真依子は店から少し離れた場所に住んでいたが、いわゆる「ご近所付き合い」に至ってはほぼゼロだったし、顔も見ないままにマンションの住人が引っ越す、なんてことも当たり前だった。
でも、こっちではそうはいかない。東京にいたときとまったく同じように生活しようとすれば、少なからず「変わり者」「非常識」という目で見られてしまう。
どっちが正解というわけでもないのだろうが、真依子は、ドライなところはあるけれど、どんな人や考え方も受け入れる度量の大きさがある東京という街は、移住してきたいまでもやっぱり好きな場所だな、と感じている。
4年前、俊二の度重なる移住への熱意を受け、真依子は、ひとまず移住先を見に行ってみることにした。それから、いっしょにいくつかの候補地へ足を運び、とうとう移住先を決めて結婚したのだった。
店を閉めるとき、通っていてくれた数少ないお客さんたちは残念がってくれたし、商店街の人たちも集まってくれた。そのときに撮った写真は、いまもリビングに飾っている。
移住からほどなくして授かった豊は3歳になり、そしていま、真依子のお腹には二人目がいる。