女性の幸せとは
こうしてかぐや姫は「高貴な姫君として、なるべく早く身分ある男性のもとへ嫁ぐこと」が最上の幸せだと周囲の男性たちや教育係から決めつけられてしまいました。
彼女が望む幸せは自然を慈しみ、自然とともに生きることただひとつ。それを彼女の幸せを決めつける人々は理解してくれませんでした。
母である媼もはじめは彼女の幸せを決めつけた人々と同じく、「若くして身分ある男性と結ばれる」という世間一般的な幸せを願っていました。
しかしかぐや姫がそれらを拒む姿をそばで見ることで、次第に彼女が望む幸せが世間一般での幸せではないことに気づいていった。かぐや姫の数少ない理解者です。
姫の気持ちが理解できる一方で、翁の気持ちや世間での幸せがそうであることも事実であり、その道を選ばないことが容易いものではないということも、媼は同じくらい理解していた。
だから媼は彼女と一緒に周囲を拒絶こそしなかったものの、彼女と糸を紡ぎ織物をしたり庭いじりをさせることでできる限り娘の気持ちに寄り添ったのではと考えます。それでどうにか翁や周囲と折り合いがついていけばいいなと思っていたのではないでしょうか。
そう考えていたところに、姫が月に帰らなければならないなんてことになってしまった。もし翁と媼が「世間が思う女性の幸せ」ではなく「かぐや姫」の幸せを周囲も願っていたら、違った結末になっていたのかもしれません。
かぐや姫のそばに仕えた女の童(わらべ)もまた、媼と同じく姫との関りのなかで彼女の望みが世間一般の思う幸せとは異なることに気づいた理解者のひとりだったのではと思います。
彼女の母である媼とは立場が異なり従者である自分では、彼女の幸せのためになにもすることができない。だからせめて最後は薙刀(なぎなた)で戦わず子どもたちを引き連れて、彼女が愛した自然を歌い見送ったのではないかと僕は思います。
それは誰の幸せなのか
常識としての幸せな人生を歩ませたい翁の願いも、世間から乖離(かいり)しない程度に折り合いをつけて幸せになってもらいたい媼の願いも親心であり、それぞれ心から彼女を思うからこそ。それがわかるだけに、翁も媼も完全に悪かったと思えないところが、また切なくなります。
僕はセクシュアルマイノリティで、心の性は定めていないけれど、女性の身体で生まれ、育ちました。きっと僕の両親も翁と媼が願ったように世間が思うように、男性との結婚と出産を望んでいたと思うんです。
だから、『かぐや姫』は少しその思いもふたりに重ねて見てしまっているところがあって。僕は両親の願いに応えないと決めたからこそ、両親が望んでいたであろう幸せの大半が世間一般での幸せだったろうなとより感じるのです。
かぐや姫が求める幸せは、偽りの高貴な姫君としてではなくひとりの「私」として自然とともに生きることで、翁が願った幸せではなかった。ただそれだけのこと。
現代においても言えることですが、どんなに多くの女性が喜ぶ幸せであっても全員がそれを喜ぶわけではありません。僕のように同性をパートナーに選ぶかもしれないし、結婚以外に人生の幸せを見出して生きるかもしれない。ただそれだけのことなんです。
姫をいきなり後ろから抱きすくめた帝でさえ、描かれた時代は本当に“こうされて喜ばない女はいない”世の中であり、5人の公達も彼らの生きる時代の常識には最低限沿っているのだと思います。ただ、それも翁たちと同様にかぐや姫がそれを望まなかっただけ。
実際、娘や求婚相手がかぐや姫でなかったら受け入れる人や、そこに幸せを見出す人もいたと思うのです。拒絶する彼女を贅沢だと思う人もいるでしょう。
唯一、個人的にあまり許す気になれない捨丸との再会エピソードも、不貞を許すか否かは別として美女になびいてしまうことはいまも昔もよくあることの範疇(はんちゅう)であるとも思います。
タイミング的にも、かぐや姫が月に帰ることが決まった後のエピソードで、あくまで物語としては“追い打ち”であり原因ではありませんし。
かぐや姫が望む幸せを押えつけた翁たちは、それぞれがその時代における「女性とはこう生きるもの」という作中の常識そのものだと考えるととても「女性として生まれ、育つこと」を感じる作品です。
翁や周囲の人々のターニングポイントは、かぐや姫が拒んだあとに、違う道を探したり身を引くことができるかどうかにあったと思います。
この物語はバッドエンドで、幕が下りた先に喜びなんてないように感じて、あまり救いのある物語ではないかもしれない。だけど、かぐや姫が常識や運命の濁流に流されまいと足掻き、本当に美しいものを愛する姿はとても美しい。
その美しさは彼女だけのものでは決してなく、特に女性の生き方が見直されている現代では、大なり小なり世間の思う「女性とは」に抗っている女性はたくさんいます。
なので自分や、身近な女性の姿に少しだけ重ねて観ていただきたい。自分や周りにいるその人に、どう生きてほしいですか?きっと、その答えが見つかるきっかけになるのではないでしょうか。
- 映画『かぐや姫の物語』
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